今回ご紹介させて頂くのは、「オランダ(ネーデルランド)・バロック」です。
この時期のオランダは80年戦争の最中であり、ネーデルランド連邦共和国として独立を果たす時期でもあります。
また、貿易や産業、芸術などが大きく開花し、ヨーロッパでも有数の豊かな国となっていきます。
また、イタリアやフランス、フランドルとも違い、宗教的な影響もあり、様々なジャンルの絵画が描かれるようになりました。
それでは早速ご紹介させて頂きます。
オランダ・バロックとは
まず最初に呼び名が難しいのですが、一応「オランダ・バロック」と書きましたが、17世紀のオランダは独立後、経済的に発展していて、オランダ黄金時代と呼ばれています。
そのため、英語の表記だと、17世紀のオランダ絵画を「Dutch Golden Age painting」と表していて、日本語に訳すと、「オランダ黄金時代の絵画」となります。
学術的には分かりませんが、とりあえず他の記事との兼ね合いから、今回は、「オランダ・バロック」と表記させて頂きます。
「オランダ・バロック」の絵画は、イタリアの影響を受けた一般的なバロックの特徴があるものの、初期フランドルの伝統に乗っ取った作風、さらには宗教的な影響もあり、それまで描かれることのなかった新しいテーマの作品が誕生した時期になります。
オランダ・バロックの特徴
宗教画の減少
当時のオランダは、プロテスタント(カルヴァン主義)が勢力をもっていて、教会での宗教画を禁じていました。
そのため、歴史画や肖像画に限らず、風俗画、風景画、海洋画、静物画などが多く描かれるようになりました。
その背景には、宗教画の減少により収入が得られず、仕方なく描いていた側面もあります。
絵画の価値の下落
1640年から1660年の間、20年間だけでも130万点以上の絵画が描かれたと言われています。
有名な画家であっても生涯、経済的に安定することはなかったと言われています。
年表
1568年~1648年、80年戦争
1575年、ライデン大学設立
1581年、独立を宣言
1585年~1605年、イギリス、スペイン戦争
1602年、オランダ東インド会社設立
1609年、アムステルダム銀行設立
1621年、オランダ西インド会社設立
1637年、株式市場の暴落(チューリップバブル)
1640年、長崎の出島と交易
1648年、ヴェストファーレン条約の締結によりネーデルランド連邦共和国独立(スペインによって認められる)
1652年~1654年、第1次英蘭戦争
1656年、物理学者、Christiaan Huygens(クリスティアーン・ホイヘンス)、振り子時計の発明
1665年~1667年、第2次英蘭戦争
1672年~1674年、第3次英蘭戦争
1672年~1678年、仏蘭戦争
出典:ウィキペディア Dutch Golden Age より
代表画家
ヨアヒム・ウテワール (Joachim Anthonisz Wtewael, 1566-1638) マニエリスム
アブラハム・ブローマート(Abraham Bloemaert, 1564-1651) マニエリスム
カレル・ヴァン・マンデル(Karel van Mander, 1548-1606) マニエリスム
フランス・ハルス(Frans Hals, 1581/1585-1666)
ヤーコプ・ファン・スヴァーネンブルフ (Jacob Isaacszoon van Swanenburg, 1571-1638)
ピーテル・ラストマン(Pieter Lastman, 1583-1633)
レンブラント・ファン・レイン (Rembrandt Harmenszoon van Rijn, 1606-1669)
ヤン・リーフェンス (Jan Lievens, 1607-1674)
ギリスファンコニンクロ (Gillis van Coninxloo, 1544- 1607)
エサイアスファンデヴェルデ (Esaias van de Velde, 1587-1630)
ヤン・ファン・ホーイェン(Jan Josephszoon van Goyen, 1596-1656)
ヤン・ステーン(Jan Steen, 1626-1679)
ギリス・ファン・ティルボルフ(Gillis van Tilborgh, 1625-1678)
ヘラルト・ファン・ホントホルスト(Gerard van Honthorst, 1592-1656)
ジェイコブ・デ・ウェットII (Jacob Jacobsz de Wet II, 1641-1697)
レオナルト・ブラマー(Leonaert Bramer,1596-1674)
ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer, 1632-1675)
ヤン・ファン・デル・ヴフト(Jan van der Vucht, 1603-1637)
アントニー・ド・ロルム(Anthonie de Lorme, 1610-1673)
ヘンドリック・ヴァン・ミンダーハウト(Hendrik van Minderhout, 1632-1696)
ヤーコプ・ファン・ロイスダール(Jacob van Ruisdael, 1628-1682)
ジェリット・ファン・ヒース(Gerrit van Hees, 1650-1670)
※ 分類が違う場合もあります。
バロック以外の画家が含まれている場合もあります。
カタカナ表記に関して実際の発音と異なる場合もあります。
人物相関図
★ご利用の注意点★
上の代表画家の相関図です。
青い矢印は師弟関係を表していますが、実際はその関係がはっきりしていなかったり、ワークショップで働いたことがあるだけであったりします。
情報は英語版、フランス語版ウィキペディアを参考に製作しています。
まとめ
いかがでしたか。
「オランダ・バロック」は社会の発展と共に沢山の画家を生み出しますが、残念ながら当時のほとんどの画家は貧しいままでした。
しかし、時代が進むと徐々に評価されて行き、現代では、オランダ絵画と言えば黄金時代の作品と言われるほどになっています。
日本でも人気の高い、レンブラントやフェルメール、ロイスダールなどは限られた美術館でしか鑑賞することが出来ませんが、機会のある方は、ぜひ訪れてみてくださいね。
また、本文中では触れませんでした、この時期のオランダには彫刻作品がほとんど存在しません。
それは、カルヴァン主義によって教会内部に彫刻を飾らくなったためと言われています。
他の国のバロック期については以下の記事をご参照ください。
なお、「バロック」以降、芸術の中心地は徐々に「フランス・パリ」へと移行していきます。
- 古典主義・フランス:ルイ14世スタイルの誕生
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
西洋美術史の全体像は年表でご紹介させて頂いております。
合わせてご覧頂くと時代の流れが理解しやすくなると思います。
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