歴史のうねりと共に生まれた、優美な線と詩情あふれる色彩。
ルーアン美術館が誇る新古典主義・ロマン主義のコレクションは、18〜19世紀前半のヨーロッパ美術を語るうえで欠かせない名品ばかりです。
ジャン=バティスト・カミーユ・コローの詩的な風景、ルイ=ジャック=マンデ・ダゲールの劇的な光、ヤン・フランス・ファン・ダールの精緻な静物画…。
画家たちは、戦争や革命の時代を生きながらも、筆先に希望や理想、そして美を託しました。
この記事では、実際にルーアン美術館で撮影された写真とともに、それぞれの名画の魅力と背景をたっぷりご紹介します。
Jan Frans van Dael (1764-1840)
ヤン・フランス・ファン・ダールは、フランドル出身の新古典主義期の画家です。彼は特に、精緻な静物画、中でも花の絵で高い評価を得ました。
アントワープで建築を学んだ後、1786年にパリへ移り、画家として成功を収めました。彼はフランス革命や帝政時代にもパリで活動を続け、ナポレオン1世の皇后ジョゼフィーヌをはじめとする多くのパトロンに作品を依頼されました。

Fleurs et fruits (1827)
『Fleurs et fruits』(花と果物)は、ファン・ダールが得意とした精緻な静物画の典型です。花瓶に生けられた豪華な花束と、その周りに置かれたさまざまな種類の果物が、写実的かつ優雅な構図で描かれています。
Élise Bruyère (1776-1847)
エリーゼ・ブリュイエールは、フランスの新古典主義からロマン主義にかけての時代に活躍した画家です。彼女は特に、肖像画と静物画で知られています。

Fleurs dans une corbeille (1833)
『Fleurs dans une corbeille』(籠の中の花)は、彼女の得意とした静物画の中でも特に優れているものの一つで、籐の籠に生けられた豪華な花々が描かれています。ヤン・フランス・ファン・ダールのような同時代の静物画家の影響を受けつつ、彼女らしい繊細で優美なタッチが特徴です。
Charles Marie Bouton (1781-1853)
シャルル・マリー・ブートンは、フランスの画家で、風景画や建築画、特に廃墟の描写で知られています。
ブートンは、有名な画家ジャック=ルイ・ダヴィッドや、風景画家ジャン=ヴィクトール・ベルタンのもとで学びました。彼は特に、写真術の発明者として知られるルイ=ジャック=マンデ・ダゲールとの共同作業で有名です。二人は、光の効果を使ってリアルな風景を再現する「ディオラマ」を開発し、パリで大きな成功を収めました。

Vue de Rouen prise de la côte Saint Cathrine
『Vue de Rouen prise de la côte Saint-Catherine』(サント=カトリーヌの丘から見たルーアン)は、ルーアンの街全体を、セーヌ川の対岸にあるサント=カトリーヌの丘という高い場所から一望した壮大なパノラマ風景です。
教会の内部を描くことが多かったブートンですが、この作品は珍しく、外から教会を描いています。
LOUIS-JACQUES MANDÉ DAGUERRE (1787-1851)
ルイ=ジャック=マンデ・ダゲールは、フランスの芸術家、化学者です。彼は、世界で初めて実用的な写真術であるダゲレオタイプを発明したことで知られています。
ダゲールはもともと舞台美術家としてキャリアをスタートさせました。彼は、光と影の巧妙な操作によって、現実を忠実に再現する巨大な風景画「パノラマ」や、動的な光の効果を使った劇場装置「ディオラマ」を制作し、パリで大きな人気を博しました。彼の作品は、後に写真術の発見につながる、光の表現に対する深い探求心を示しています。

INTÉRIEUR DE ROSSLYN CHAPEL (1824)
『Intérieur de Rosslyn Chapel』(ロスリン礼拝堂の内部)は、スコットランドのエディンバラ近郊にある、15世紀のロスリン礼拝堂の内部を描いています。この礼拝堂は、精巧な彫刻と神秘的な伝説で知られており、ロマン主義の時代に人気のあるモチーフでした。
この作品も光の使い方など、非常に優れた作品に仕上がっています。しかし残念ながら、写真技術での名声が大きすぎて、彼の作品はほとんどが残っていません。
Jean-Baptiste Camille Corot (1796-1875)
ジャン=バティスト・カミーユ・コローは、フランスの画家です。バルビゾン派を代表する画家の一人であり、風景画の分野で新古典主義から印象派への移行期を担った重要な存在です。
幼少期にルーアンで過ごしたこともあります。

LES QUAIS MARCHANDS DE ROUEN (1834)
『Les quais marchands de Rouen』(ルーアンの商人埠頭)は、ルーアンの街を流れるセーヌ川沿いの商業埠頭の風景を描いています。コローは、川岸に並ぶ建物や船、そして行き交う人々を、彼特有の詩情あふれる筆致で表現しています。
Joseph-Désiré Court (1797-1865)
ジョゼフ=デジレ・クールは、フランスの画家です。新古典主義からロマン主義への移行期に活躍し、歴史画や肖像画で知られています。
クールはルーアンで生まれ、ルーアン美術館で絵画を学びました。その後、パリに出て、アントワーヌ=ジャン・グロ(ナポレオンの宮廷画家)に師事しました。彼はパリのサロンで成功を収め、国家からの注文を多数受けました。晩年には故郷ルーアンに戻り、ルーアン美術館の館長も務めました。

Le Martyre de sainte Agnès (1864-65)
『Le Martyre de sainte Agnès』(聖アグネスの殉教)は、キリスト教の聖人である聖アグネスの殉教を描いています。殉教の直前、彼女が神の奇跡によって守られる瞬間を捉えたものです。この作品は、ナポレオン三世の要望により描かれたと言われています。
Simon Saint-Jean (1808-1860)
シモン・サン=ジャンは、フランスの画家で、特に花の静物画で名声を博しました。彼は、同時代のフランスで最も優れた花の画家の一人と見なされています。
サン=ジャンはリヨンで生まれ、地元の美術学校で学びました。当時のリヨンは、花の絵画の伝統が盛んな都市であり、彼はこの伝統を受け継ぎ、さらに発展させました。ナポレオン3世をはじめとする多くの富裕層や貴族が彼の作品を収集しました。

CHAPEAU FLEURI, FLEURS ET FRUITS (1833)
『Chapeau fleuri, fleurs et fruits』(花飾り帽、花と果物)は、サン=ジャンが得意とした豪華な静物画の典型です。17世紀のオランダ絵画に触発された彼は、この作品でも、チューリップ、バラ、リンゴ、ブドウなどを組み合わせ、見事に調和のとれた作品に仕上げています。
まとめ
ルーアン美術館の新古典主義・ロマン主義コレクションは、ただの歴史的遺産ではありません。
そこには、革命や帝政の時代を生き抜いた画家たちの息遣いが残り、花々の色、街の光、聖人のまなざしが、今も私たちに語りかけてきます。
もしあなたが、美術館でただ作品を見るだけでなく、その背後にある物語や時代の空気まで味わいたいのなら──ルーアン美術館は、きっと忘れられない旅先になるはずです。
あなたの足元に広がる石畳を歩けば、200年前と同じ光が、同じセーヌ川を照らしていることに気づくでしょう。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
ルーアン美術館に展示されている作品は以下の記事で詳しくご紹介させて頂いております。合わせてご参照ください。
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