リール宮殿美術館は、ナビ派からキュビスム、そして抽象絵画に至るまで、20世紀美術の革新を肌で感じられる特別な場所です。
本記事では、ヴュイヤールやボナールといったナビ派の「親密な」世界から、ロートレックの鋭い観察眼、そしてクプカやレジェの抽象表現まで、芸術が大きく変貌を遂げた時代の傑作をご紹介します。
各作品の背景にある画家の物語や、新しい表現方法の探求を知ることで、あなたの美術館体験は、きっと忘れられないものになるでしょう。さあ、あなたもリールで、モダンアートの黎明期を旅してみませんか?
- Henri Le Sidaner (1862-1939)
- Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)
- Pierre Bonnard (1867-1947)
- Édouard Vuillard (1868-1940)
- František Kupka (1871-1957)
- Fernand Léger (1881-1955)
- Pablo Picasso (1881-1973)
- Sonia Delaunay (1885-1979)
- Marc Chagall (1887-1985)
- Serge Poliakoff (1900-1969)
- Eugène Leroy (1910-2000)
- Jean-Paul Riopelle (1923-2002)
- Geneviève Asse (1923-2021)
- まとめ:20世紀美術をより深く楽しむために
Henri Le Sidaner (1862-1939)
アンリ・ル・シダネルは、フランスの印象主義・象徴主義の画家です。親密で詩的な雰囲気を持つ風景画や室内画で知られています。
彼はパリ国立高等美術学校で学び、アンリ・マルタンやウジェーヌ・カリエールといった同時代の画家たちと交流しました。
彼の画風は、印象派の技法を取り入れつつも、より感情的で内省的な要素を持つ象徴主義へと発展しました。特に、黄昏時や夜明け、月明かりの下の風景を好んで描き、光と影の繊細な表現によって、独特の静謐で夢のような世界を作り出しました。

Le presbytère et l’église de Gerberoy (1903)
Le presbytère et l’église de Gerberoy (ジェルブロワの司祭館と教会)は、シダネルが愛したフランスの美しい村、ジェルブロワの風景を描いたものです。画面には、村の教会と司祭館が夕暮れの柔らかな光に包まれて描かれています。
シダネルの作品に特徴的な、静謐で詩的な雰囲気がこの絵にはあふれています。拡散した光と影の繊細な表現により、まるで時間が止まったかのような、穏やかで夢のような情景が作り出されています。
Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、ポスト印象派を代表するフランスの画家、版画家です。パリの享楽的なナイトライフを描いた作品で知られています。
彼の作風は、日本の浮世絵やエドガー・ドガの構図に影響を受けており、鋭い観察眼とデッサン力で、その場の活気や人物の個性を捉えました。特に、ムーラン・ルージュなどのポスター制作で有名になり、ポスターを芸術の域にまで高めた人物として評価されています。

DANS L’ATELIER, LA POSE DU MODÈLE (1885)
DANS L’ATELIER, LA POSE DU MODÈLE(アトリエにて、ポーズをとるモデル)は、ロートレックがパリの画家レオン・ボナのアトリエで学んでいた時期に描かれたものです。古典的なアカデミックな主題である「モデルのポーズ」を扱いつつも、ロートレック独自の視点がすでに表れています。
この作品は、アルフレッド・スティーヴンスの『画家の仕事場(L’Atelier du peintre)』(1884年)に触発された、あるいはその構図を参考にした作品です。ロートレックは、スティーヴンスの作品を模写することで、師であるレオン・ボナの教えから離れ、独自の画風を確立しようとしていました。
ロートレックの作品かどうか議論されたこともあったようです。
Pierre Bonnard (1867-1947)
ピエール・ボナールは、ナビ派の中心的人物であり、後に独自の色彩豊かな画風を確立したフランスの画家です。
ボナールはパリで生まれ、国立高等美術学校で学びました。そこでポール・セリュジエやモーリス・ドニらと出会い、彼らとともに神秘主義的な色彩や装飾性を追求する芸術家集団「ナビ派」を結成しました。

Paysage, Le Cannet (1924)
Paysage, Le Cannet (ル・カネの風景)は、ボナールが晩年の多くを過ごした南フランスの町、ル・カネの風景を描いたものです。彼の作品に特徴的な、鮮やかで温かい色彩が画面全体にあふれています。
Édouard Vuillard (1868-1940)
エドゥアール・ヴュイヤールは、ナビ派の中心人物の一人であるフランスの画家です。親密な室内情景や肖像画で知られています。
ヴュイヤールはナビ派の画家たち、特にボナールと親交が深く、彼らと共に装飾的な傾向を持つ作品を制作しました。しかし、ヴュイヤールの作風は、ボナールのような鮮やかな色彩とは異なり、より地味で落ち着いた色調を特徴としています。
彼は、日常生活の何気ない瞬間を好んで描き、特に薄暗い室内での光の描写に長けていました。部屋の壁紙、家具、衣服の模様などが画面全体に溶け込むような独特の構図とタッチは、見る人を温かく、親密な空間へと引き込みます。彼の作品は「アンティミスム(親密派)」とも呼ばれ、身近な人々の生活を詩的に表現しました。

Portrait de Louis Loucheur (1905)
Portrait de Louis Loucheur (ルイ・ルーシュールの肖像)は、実業家であり政治家であったルイ・ルーシュール(1872-1931)を描いた肖像画です。ヴュイヤールは、人物を背景に溶け込ませるような独自の作風で知られていますが、この作品ではより写実的で落ち着いた筆致を用いています。

Fleurs (1904)
Fleurs (花)は、ヴュイヤールが描いた花瓶の花の静物画です。彼の作品は人物画や室内画で知られていますが、この絵は、ヴュイヤールが静物画においても優れた才能を持っていたことを示しています。

Henri-Xavier Fontaine (1920)
Henri-Xavier Fontaine (アンリ=グザヴィエ・フォンテーヌの肖像)は、フランスの工業家、実業家であったアンリ=グザヴィエ・フォンテーヌ(1877-1941)を描いた肖像画です。

BOUQUET DE ROSES (1905)
BOUQUET DE ROSES (薔薇の花束)は、タイトル通り、薔薇の花束の静物画です。

Fleurs dans un vase (1905)
Fleurs dans un vase (花瓶の花)は、ヴュイヤール特有の落ち着いた色調と、厚みのある筆致が特徴です。花瓶に生けられた花は、背景の模様と一体化するように描かれており、単なる写実的な表現にとどまらず、色彩とパターンの調和を追求しています。
František Kupka (1871-1957)
フランチシェク・クプカは、抽象絵画のパイオニアの一人として知られる、チェコ出身の画家です。
クプカは、象徴主義から出発し、やがてキュビスムや未来派など様々な前衛的な運動を吸収しながら、独自の抽象画を確立しました。彼は、音楽や宇宙の秩序といった非物質的な概念を、色彩や幾何学的な形、線を使って表現しようとしました。
彼の作品は、色彩と動きに満ちたダイナミックな構図が特徴です。特に、「オルフィスム(Orphism)」と呼ばれる、色彩と光の抽象的な表現を追求したスタイルは、ロベール・ドローネーとともに創始したものです。

Traits animés (1957)
Traits animés (生きた線)は、クプカの晩年に制作された抽象画です。幾何学的な形や線、そして鮮やかな色彩によって、動きと生命感が表現されています。
Fernand Léger (1881-1955)
フェルナン・レジェは、キュビスムに影響を受け、機械や都市生活を主題とした独自のスタイルを確立したフランスの画家です。
レジェはノルマンディーで生まれ、当初は建築家を目指していました。パリに出てからは、キュビスムの画家たちと交流し、幾何学的な形や複数の視点から対象を描く技法を取り入れました。しかし、彼はピカソやブラックのような分析的なキュビスムとは異なり、より大胆で単純化された形態と明るい色彩を好んで用いました。
戦後には機械や工業製品、そして人間を、シリンダー(円筒)やコーン(円錐)などの幾何学的な形で描くスタイルを確立しました。このスタイルは「チューブ・スタイル」とも呼ばれます。

La papillon sur la roue (1948)
La papillon sur la roue(車輪の上の蝶)は、レジェの晩年の代表作の一つです。画面には、ダイナミックに回転する赤い車輪と、その上に静かに留まる一匹の蝶が描かれています。
レジェは第一次世界大戦後、機械や工業製品を好んで描きましたが、この作品では、機械の持つ力強い動き(車輪)と、自然の繊細さ(蝶)という対照的なモチーフを組み合わせています。

FEMMES AU VASE BLEU (1935)
FEMMES AU VASE BLEU (青い花瓶の女たち)は、レジェの代表的な人物画の一つです。
レジェは、人物の身体を単純化し、円筒形や円錐形などの幾何学的な形として再構築する独自のスタイルを確立しました。この作品でも、女性たちの体は力強く、彫刻のように描かれています。大胆で鮮やかな色彩が使用されており、平面的で装飾的な構図が特徴です。
古典的な主題である女性像を、レジェ独自の機械的な美学とモダニズムの視点で再解釈した作品です。
Pablo Picasso (1881-1973)
パブロ・ピカソは、スペイン出身の画家、彫刻家、陶芸家であり、20世紀で最も影響力のある芸術家の一人です。彼は生涯を通じて、スタイルを劇的に変化させ続けました。
ピカソの芸術家としてのキャリアは、いくつかの明確に異なる時期に分けられます。
- 青の時代(1901-1904): 貧困、孤独、悲しみをテーマに、青や青緑のトーンを主に使用しました。代表作に『青い裸婦』があります。
- バラ色の時代(1904-1906): サーカスや旅芸人などを題材に、暖かみのあるピンクやオレンジ色が特徴です。代表作は『サルタンバンクの一家』です。
- キュビスム(1907-1917): 物の形を幾何学的な平面に分解し、複数の視点から同時に描く革新的な手法を確立しました。この動きは、彼の代表作『アビニョンの娘たち』から始まったとされています。
- 新古典主義(1917年頃から): 一時期、写実的な表現に戻り、伝統的な肖像画や静物画も制作しました。
- シュルレアリスム(1920年代後半から): 無意識や夢の世界を表現しました。代表作『ゲルニカ』は、スペイン内戦におけるドイツ軍による無差別爆撃を描いた、戦争の悲劇を訴える作品です。

OLGA AU COL DE FOURRURE (1923)
OLGA AU COL DE FOURRURE (オルガ・オ・コル・ド・フルール)は、彼の妻であるバレリーナのオルガ・コクローヴァの肖像画です。この作品は、ピカソの新古典主義の時期を代表するものであり、キュビスムの解体的な表現とは対照的に、写実的で穏やかな筆致で描かれているのが特徴です。
オルガは、品のある毛皮の襟(col de fourrure)のコートをまとい、堂々とした姿勢で描かれています。彼女の顔は、憂いを帯びた表情で、この時期のピカソとオルガの関係が複雑であったことを示唆しているとも解釈されています。
Sonia Delaunay (1885-1979)
ソニア・ドローネーは、ロシア(現ウクライナ)出身のフランス人芸術家で、抽象絵画の先駆者の一人です。彼女は、絵画、テキスタイル、ファッション、舞台衣装、装飾芸術など、多岐にわたる分野で活躍しました。
彼女の作品は、鮮やかな色彩と幾何学的な形が特徴です。夫のロベール・ドローネーとともに、「オルフィスム」という芸術運動を主導しました。これは、キュビスムの幾何学的形態と、色彩の純粋な表現を融合させたもので、色そのものが持つリズムや動きを追求しました。
彼女は芸術と日常生活の境界をなくすことを目指し、「芸術は生活に溶け込むべきだ」という信念を持っていました。その考えから、抽象的なデザインをファッションや日用品に応用し、「シムルタニズム」(同時主義)という概念を提唱しました。これは、複数の色や形を同時に組み合わせることで、視覚的なリズムとハーモニーを生み出すというもので、彼女の作品全体を貫く重要なテーマです。

Rythme couleur (1939)
Rythme couleur (色彩のリズム)は、絵画全体に散りばめられた多色の円、半円、直線などが、それぞれのリズムとハーモニーを生み出していることを示しています。
Marc Chagall (1887-1985)
マルク・シャガールは、ロシア(現在のベラルーシ)出身のユダヤ系フランス人画家です。20世紀を代表する芸術家の一人であり、特にその鮮やかな色彩と幻想的な作風から、「色彩の魔術師」や「愛の画家」と呼ばれました。
シャガールの作品は、故郷であるヴィテプスクのユダヤ人コミュニティの記憶、ロシアの民間伝承、そして個人的な愛や喜びといったテーマが混じり合って構成されています。彼の絵画は、論理的な時間や空間の制約から解放され、空中に浮かぶ人々、動物、楽器、そして愛のモチーフが自由に配置されているのが特徴です。

L’APPARITION DE LA FAMILLE DE L’ARTISTE (1935-47)
『家族の幻影』は、シャガールの故郷、ヴィテプスクの思い出と、彼が深く愛した家族、特に妻ベラ・ローゼンフェルトへの想いが交錯して描かれています。
制作期間が1935年から1947年と非常に長く、シャガールがこの間に経験した激動の出来事、特にナチスの台頭と第二次世界大戦、そして最愛の妻ベラの死(1944年)が作品に反映されています。このため、絵の中には過去と現在が混じり合って存在しています。
Serge Poliakoff (1900-1969)
セルジュ・ポリアコフは、ロシア出身のフランス人画家で、戦後の抽象芸術を代表する人物の一人です。彼は特に、鮮やかな色彩と幾何学的な形の組み合わせによる、独特の抽象画で知られています。
彼は、当初アカデミックな絵画を学んでいましたが、1930年代後半にワシリー・カンディンスキーやソニア・ドローネーといった抽象芸術の先駆者たちと出会い、抽象表現へと転向しました。ポリアコフは、感情や物語を排し、純粋な色彩と形のみで構成される絵画世界を確立しました。この独自のスタイルは、戦後のパリ画壇で高い評価を受け、彼の作品は世界中の主要な美術館に所蔵されています。

COMPOSITION (1954)
COMPOSITION (コンポジション)は、具体的なモチーフを一切描かず、色と形のみで構成されています。
Eugène Leroy (1910-2000)
ウジェーヌ・ルロワは、フランスの画家で、物質感あふれる厚塗りの絵画で知られています。彼は、生涯を通じて人間の身体や風景といった伝統的な主題を探求しましたが、その表現方法は極めて独創的でした。
ルロワの作品の最大の特徴は、驚くほど分厚く積み重ねられた絵具の層です。彼は絵具を何年にもわたって塗り重ね、絵画を単なるイメージではなく、彫刻的な物体へと変貌させました。

LA CRÉATION, LES FILLES DE LEUCIPPE (1960-81)
「ロイキッペの娘たち」は、もともとルーベンスやポルデノーネといった巨匠たちが描いたギリシャ神話に由来する古典的な主題です。しかし、ルロワは、この古典的な物語を、ほとんど判別不可能なほどに分厚い絵具の層で覆い隠しました。
Jean-Paul Riopelle (1923-2002)
ジャン=ポール・リオペルは、カナダ出身の画家、彫刻家で、20世紀の戦後抽象絵画を代表する最も重要な芸術家の一人です。彼は、特に鮮やかな色彩と厚塗りの技法(アンパスト)で知られています。

Composition (1953)
Composition (コンポジション)は、彼が確立した独自の厚塗り技法「パレットナイフによるモザイク」を象徴する作品として知られています。
この作品は、絵具を筆ではなく、パレットナイフで直接キャンバスに塗りつけることで制作されました。これにより、絵具の塊がまるで小さなタイルや石を並べたかのように盛り上がり、立体的で彫刻的な表面を生み出しています。
Geneviève Asse (1923-2021)
ジュヌヴィエーヴ・アッセは、フランスの画家、版画家であり、戦後フランスの抽象芸術を代表する重要な人物の一人です。彼女は、特に「青」を深く探求した作品で知られています。

Voie de l’espace (2003)
Voie de l’espace (空間の道)は、彼女の芸術の核となる要素である、光、空間、そして彼女特有の「青」が凝縮されています。単一の色に見えますが、複数の青の層が微妙な濃淡と透明感を生み出し、見る者に無限の奥行きを感じさせます。
まとめ:20世紀美術をより深く楽しむために
リール宮殿美術館の20世紀美術コレクションは、画家たちがそれぞれに、どのように伝統を乗り越え、独自の表現を追求したかを示しています。
ボナールやヴュイヤールの作品から、何気ない日常の美しさを見つけたり、レジェやクプカの作品から、色と形が持つ無限の可能性を感じたりと、鑑賞の楽しみ方は無限に広がります。
この記事が、あなたのリール宮殿美術館での体験をより豊かなものにし、モダンアートを身近に感じるきっかけとなれば幸いです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
リール美術館に展示されている作品については、以下の記事で詳しく解説させて頂いております。
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