20世紀初頭のパリで生まれたキュビスムは、伝統的な絵画のルールを根底から覆す革命でした。対象を幾何学的な断片に分解し、複数の視点から再構成することで、画家たちは新たな現実をキャンバスに描き出しました。
この記事では、レンヌ美術館の貴重なコレクションから、キュビスムの創始者パブロ・ピカソをはじめ、その理論を体系化したフアン・グリス、そしてキュビスムから独自の抽象へと発展させた画家たちの傑作に焦点を当てます。彼らの作品を通して、いかにして絵画が具象から解放され、新たな表現を獲得していったのか、その革新の軌跡をたどります。
Pablo Picasso (1881-1973)
パブロ・ピカソは、20世紀で最も偉大な画家の一人であり、芸術の歴史を塗り替えた革新者です。スペインに生まれ、フランスを中心に活動しました。キュビスムを創始したことで特に有名ですが、生涯にわたり様式をめまぐるしく変化させながら、絵画、彫刻、陶芸、版画など、あらゆる分野で創作活動を行いました。

Buste d’homme au chapeau (1970)
Buste d’homme au chapeau (帽子をかぶった男の胸像)は、ピカソの晩年の作品の一つです。画家の死のわずか3年前に描かれたもので、帽子をかぶった男性の胸像が、力強く、そして荒々しいタッチで描かれています。この時期のピカソは、ムスケッティア(銃士)や闘牛士といった、男らしさを象徴する人物を繰り返し描きました。この作品も、彼の生命力と創造への執着が感じられます。

Baigneuse à Dinard (1928)
Baigneuse à Dinard (1928)は、海と砂浜を水平の帯で単純化した背景に、長く歪められた手足の裸婦が白いボールを掲げる造形的・シュルレアリスム寄りの表現が際立つ一作です。

Nu à mi-corps (1923)
Nu à mi-corps (半身の裸婦)は、ピカソの「新古典主義時代」の代表的な作品の一つです。第一次世界大戦後、ピカソはキュビスムの破壊的な様式から離れ、古典的な調和と安定性を求めるようになります。この作品も、その時期のスタイルをよく表しており、堂々とした裸婦が、古典彫刻を思わせる量感と安定感をもって描かれています。
Auguste Herbin (1882-1960)
オーギュスト・エルバンは、20世紀に活躍したフランスの画家です。キャリアを通じて、フォーヴィスム、キュビスムを経て、最終的に幾何学的抽象絵画へと至る、劇的な様式の変遷を遂げました。特に、独自の色彩理論に基づいた厳格な抽象様式を確立したことで知られています。

Paysage à Créteil (1908)
Paysage à Créteil (クレテイユの風景)は、パリ郊外のクレテイユの風景を描いたもので、エルバンがフォーヴィスムからキュビスムへと移行する過渡期の作品です。自然の色彩を大胆に解釈し、力強い筆致で風景を描き出すことで、後の厳格な幾何学的抽象とは異なる、初期の情熱的なスタイルを示しています。
Robert Delaunay (1885-1941)
ロベール・ドローネーは、20世紀初頭に活躍したフランスの画家です。キュビスムの解体的なスタイルを、色彩と光のダイナミックな表現へと発展させ、オルフィスムという独自の抽象絵画様式を創始しました。後年は、カンディンスキーの影響を受け、抽象化していきます。

La Fête au pays (1905)
La Fête au pays (田舎の祭り)は、ドローネーがキュビスムやオルフィスムを確立する前の、キャリアの非常に初期に制作されたものです。田舎の村で開かれている祭りの活気あふれる様子が描かれており、多くの人々が集い、楽しげな雰囲気が伝わってきます。
André Lhote (1885-1962)
アンドレ・ロートは、20世紀初頭に活躍したフランスの画家、彫刻家、そして著名な教育者です。キュビスムの様式を採り入れながらも、古典的な構成と色彩の調和を重視した独自のスタイルを確立しました。

Le Village
Le Village(村)は、ブルターニュの村の風景を、キュビスムの技法で描いたものです。ロートは、家々や木々といった対象を幾何学的な形に分解し、再構成することで、新たな秩序と調和を生み出しました。
Juan Gris (1887-1927)
フアン・グリスは、20世紀に活躍したスペイン出身の画家です。パブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラックと並び、キュビスムの中心的な芸術家の一人として知られています。キュビスムの理論を体系化し、より秩序と明快さのあるスタイルへと発展させました。生涯キュピズムで描いた画家です。

Le Livre ouvert (1925)
Le Livre ouvert (1925)は、キュビスムの中心的な主題である静物画です。机の上に置かれた開いた本が描かれており、グリスの晩年に確立された、より秩序と調和の取れたスタイルをよく示しています。彼の芸術の到達点を示す重要な作品です。
Alberto Magnelli (1888-1971)
アルベルト・マニャッリは、20世紀に活躍したイタリア出身の画家です。パリで活動し、ギヨーム・アポリネールやパブロ・ピカソといった前衛芸術家たちと交流し、キュビスムに深く触発されました。当初はフォーヴィスムやキュビスムの影響を受けましたが、やがて具象から完全に離れ、幾何学的抽象絵画の先駆者の一人として国際的に高い評価を得ました。

Le pot blanc (1914)
Le pot blanc (白い壺)は、マニャッリがパリに移住し、キュビスムに触発されて間もない頃に制作された静物画です。机の上に置かれた白い壺と果物といった身近な対象が描かれていますが、その形態はキュビスムの技法によって再構成されています。
Yvonne Jean-Haffen (1895-1993)
イヴォンヌ・ジャン=アファンは、20世紀に活躍したフランスの画家、イラストレーターです。ブルターニュ地方の自然と文化に深い愛着を持ち、特にディナンを拠点に活動しました。マチュラン・メウの弟子であり、その影響を受けながらも、より繊細で装飾的な独自のスタイルを確立しました。

Fontaine de Saint Nicodème (1960)
Fontaine de Saint Nicodème (サン・ニコデームの泉)は、ブルターニュ地方に実在するサン・ニコデームの泉を描いたものです。ブルターニュでは、こうした聖なる泉は信仰の対象であり、歴史的にも重要な場所です。ジャン=アファンは、この場所の静かで神聖な雰囲気を、自身の繊細な感性で捉えました。
Jenny-Laure Garcin (1896-1978)
ジェニー=ロール・ガルサンは、20世紀に活躍したフランスの画家です。ブルターニュ地方に深く根ざして活動し、ナビ派やフォーヴィスムの影響を受けた、明るく軽快な色彩とタッチで知られています。花や静物、庭園の風景を主題に、詩的で穏やかな世界を描き出しました。

Autoportrait (1932)
Autoportrait (自画像)は、ガルシンがキャリアの中期に描いた自画像です。彼女自身の姿を、穏やかで内省的な雰囲気の中で描いています。画家のまなざしは鑑賞者に向けられ、その表情からは、自己を見つめる真摯な姿勢が感じられます。
まとめ
本記事では、キュビスムから抽象絵画へと向かう20世紀前半の芸術の変遷を、レンヌ美術館のコレクションから探りました。ピカソの晩年の力強い作品から、キュビスムを独自のスタイルに昇華させたアンドレ・ロートやフアン・グリス、そして幾何学的な抽象へと進んだオーギュスト・エルバンやアルベルト・マニャッリの作品まで、その多様な表現に触れました。
これらの作品は、単なる形の遊びではなく、画家たちが世界をどのように見つめ、再構築しようとしたのかを示すものです。レンヌ美術館を訪れる際は、ぜひこれらの作品に立ち止まり、キュビスムが切り開いた芸術の可能性をじっくりと味わってください。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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