フランス、ナンシーに位置する美術館は、革新的な芸術が花開いた20世紀前半のフランス絵画の重要なコレクションを誇ります。この記事では、鮮烈な色彩で視覚の革命を起こしたフォーヴィスム、そしてその後の多様なモダニズム、そして力強い具象表現を追求した画家たちの作品に焦点を当てます。アルベール・マルケの詩情あふれる水辺の風景から、ラウル・デュフィの祝祭的な色彩、そしてフジタ(藤田嗣治)の繊細な筆致、モディリアーニの独特の人物像まで、ナンシー美術館が所蔵する珠玉の作品群を通じて、彼らがどのような表現を追求したのかを探ります。
- Albert Marquet (1875-1947)
- Pierre Laprade (1875-1931)
- Raoul Dufy (1877-1953)
- Jean Frélaut (1879-1954)
- André Derain (1880-1954)
- Max Pechstein (1881-1995)
- Maurice Utrillo (1883-1955)
- Amedeo Modigliani (1884-1920)
- Pierre Dumont (1884-1936)
- Léonard Tsugouharu Foujita (1886-1968)
- Jacques Majorelle (1886-1962)
- André Fraye (1889-1963)
- Moïse Kisling (1891-1953)
- François Desnoyer (1894-1972)
- Édouard Pignon (1905-1993)
- Georges Dayez (1907-1991)
- まとめ
Albert Marquet (1875-1947)
アルベール・マルケは、20世紀前半のフランスを代表する画家の一人です。彼は、アンリ・マティスと共にフォーヴィスム(野獣派)の一員と見なされながらも、その後のキャリアでは、より穏やかで詩的な画風を確立し、特に港や水辺の風景を好んで描きました。
ボルドーで生まれ、パリの国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)でギュスターヴ・モローに師事しました。そこでマティスやジョルジュ・ルオーといった後のフォーヴィスムの画家たちと出会い、彼らと共に色彩の解放と表現の自由を追求しました。

La Seine au Pont-Neuf, effet de brouillard (1906)
「ポン・ヌフのセーヌ川、霧の効果」(La Seine au Pont-Neuf, effet de brouillard)は、セーヌ川とパリの象徴的な橋・ポン・ヌフを、霧に包まれた柔らかな光景として描いた風景画です。
Pierre Laprade (1875-1931)
ピエール・ラプラーデは、20世紀初頭にフランスで活躍した画家です。彼は、ポスト印象主義やナビ派の影響を受けながらも、独自の繊細な色彩感覚と、内面的な感情や詩情を表現する画風を確立しました。
フランス南西部のナルボンヌで生まれ、パリで学びました。特に、ナビ派のポール・セリュジエやモーリス・ドニといった画家たちと交流し、彼らから色彩の象徴性や装飾性について多くを学びました。しかし、彼はナビ派の厳密な理論に固執することなく、より個人的で抒情的な表現を追求しました。

Le Voilier (1906/07)
「ヨット」(Le Voilier)は、穏やかな海に浮かぶ帆船(ヨット)を描いた詩情あふれる風景画で、彼の抒情的かつ静謐な画風をよく表しています。
本作では、柔らかな色調と簡潔な筆致により、海と空、帆船が一体となった静かな情景が描かれています。印象派の影響を受けつつも、ラプラーデ特有の控えめで洗練された構成が、見る者に深い安らぎと余韻を与えます。
Raoul Dufy (1877-1953)
ラウル・デュフィは、20世紀前半のフランスを代表する画家であり、色彩の魔術師として知られています。彼は、フォーヴィスム(野獣派)の鮮やかな色彩を基盤としつつ、独自の軽やかで装飾的なスタイルを確立し、パリやフランス各地の活気ある風景、祭り、競馬、音楽会、ヨットレースといった、喜びと優雅さに満ちた主題を好んで描きました。

Paysage d’Avila (1949)
「アビラの風景」(Paysage d’Avila)は、彼の代名詞ともいえる鮮やかで軽やかな色彩と、リズミカルな描線による独特のスタイルが存分に発揮されています。アビラはスペインのカスティーリャ・イ・レオン地方にある歴史的な都市で、中世の城壁で囲まれた特徴的な景観で知られています。

Sainte-Adresse Nuit (1924/25) 上段
Sainte-Adresse Jour (1924/25) 下段
「サント=アドレス 夜」(Sainte-Adresse Nuit)と「サント=アドレス 昼」(Sainte-Adresse Jour)は、フランスのノルマンディー地方にある海岸リゾート地、サント=アドレスを描いた油彩画です。
Jean Frélaut (1879-1954)
ジャン・フレローは、20世紀前半のフランスで活躍した画家、そして特に版画家として知られています。彼は、ブルターニュ地方に深く根ざした芸術家であり、素朴で詩的な風景や、人々の日常生活、特に農村や漁村の情景を好んで描きました。

Vannes vue de Longles (1922) 上段
Victor Guillaume (1880-1942) Moselle à Liverdun (1922) 下段
「ヴァンヌ、ロングルより望む」(Vannes vue de Longles)は、ブルターニュ地方の都市ヴァンヌの風景が、おそらく「ロングル」(Longles)と呼ばれる高台や特定の地点から眺められた形で描かれています。
下段のヴィクトール・ギヨーム(Victor Guillaume)も同時期に活躍した画家で、故郷ロレーヌ地方の風景を独自の視点で捉え、その繊細な光と色彩、そして大気感を表現したことで知られています。「リヴェルダンにおけるモゼル川」(Moselle à Liverdun)は、ロレーヌ地方を流れるモゼル川とその岸辺の風景が描かれています。
André Derain (1880-1954)
アンドレ・ドランは、20世紀前半のフランスを代表する画家であり、フォーヴィスム(野獣派)の創始者の一人として知られています。しかし、彼はその鮮烈な色彩表現に留まらず、後により古典的な秩序と形態の探求へと移行するなど、常に自身の芸術を変化させ続けた画家です。

Paysage de Provence (1921/1924)
「プロヴァンスの風景」(Paysage de Provence)は、プロヴァンス地方の明るい風景を描きながらも、彼の探求した重厚な色彩とフォルムが特徴です。
Max Pechstein (1881-1995)
マックス・ペヒシュタインは、20世紀初頭のドイツを代表する画家であり、ドイツ表現主義(German Expressionism)の主要なグループであるブリュッケ(Die Brücke、橋)の創設メンバーの一人として知られています。彼は、伝統的なアカデミックな絵画に反発し、内なる感情や精神性を表現するために、力強い色彩と荒々しい筆致を追求しました。

Paysage (1912)
「風景」(Paysage)は、写実的な色彩にとらわれず、画家の内面的な感情や、風景が持つエネルギーを表現するために、大胆で非自然的な色彩が用いられています。
Maurice Utrillo (1883-1955)
モーリス・ユトリロは、20世紀前半のフランスを代表する画家で、特にパリのモンマルトルの街並みを愛し、その風景を描き続けたことで知られています。彼は、「白の時代」と呼ばれる独自の画風を確立し、パリの画家としてその名を確立しました。

Rue Lepic, le Moulin de la Galette (1921-25) 下段
Marie-Louise Siméon Quai des Orfèvres à Paris (1937) 上段
「ルピック通り、ムーラン・ド・ラ・ギャレット」(Rue Lepic, le Moulin de la Galette)は、モンマルトルの象徴であるムーラン・ド・ラ・ギャレットとその周辺のルピック通りの情景を描いています。
マリー=ルイーズ・シメオンは、20世紀に活動したフランスの画家です。「パリのオルフェーヴル河岸」(Quai des Orfèvres à Paris)は、シメオンが愛したパリの街並み、特にセーヌ川沿いの象徴的な場所であるオルフェーヴル河岸(Quai des Orfèvres、ノートルダム大聖堂やシテ島に近い場所)を描いたものです。
Amedeo Modigliani (1884-1920)
アメデオ・モディリアーニは、20世紀初頭にパリで活躍したイタリア出身の画家、彫刻家です。彼の作品は、細長い首、アーモンド形の目、そしてどこか憂いを帯びた表情を持つ人物像で知られ、独特の様式美を確立しました。彼の生涯は短く、貧困と病、そしてアルコールや薬物への依存に苦しみながらも、燃えるような情熱で芸術を追求しました。

Germaine Survage (1918)
「ジェルメーヌ・シュルヴァージュ」(Germaine Survage)は、ロシア出身のフランス人画家であるレオポルド・シュルヴァージュ(Léopold Survage, 1879-1968)の妻、ジェルメーヌ・シュルヴァージュを描いた作品です。
モディリアーニの肖像画に共通する特徴、すなわち細長い首、卵形の顔、そしてアーモンド形の瞳(しばしば瞳孔が描かれない)を持っています。
Pierre Dumont (1884-1936)
ピエール・デュモンは、20世紀初頭にフランスで活動した画家であり、特にルーアン派(Groupe de Rouen)の中心人物として知られています。彼は、ポスト印象主義やキュビスム、そしてフォーヴィスムといった当時の主要な芸術運動から影響を受けつつも、独自の表現を追求し、故郷ノルマンディー地方の風景や都市の情景を描き続けました。

Cathédrale de Rouen (1925)
「ルーアン大聖堂」(Cathédrale de Rouen)は、故郷ルーアンの象徴であるルーアン大聖堂を、彼の成熟した画風で描いたものです。
Léonard Tsugouharu Foujita (1886-1968)
レオナール・フジタ(本名:藤田 嗣治)は、20世紀前半にパリを拠点に活躍した日本人画家であり、エコール・ド・パリ(パリ派)を代表する芸術家の一人として国際的に高い評価を得ました。彼は、西洋画の技法に日本の伝統的な絵画(浮世絵や日本画)の要素を融合させた独自のスタイルを確立し、「乳白色の肌」と称される裸婦像で一世を風靡しました。

Mon intérieur Nature morte à l’accordéon (1922)
「私の室内、アコーディオンのある静物」(Mon intérieur Nature morte à l’accordéon)は、パリで活躍していたエコール・ド・パリの絶頂期に描かれたもので、彼の特徴的な「乳白色の肌」の裸婦像とは異なる、室内画と静物画のジャンルにおける彼の才能と、日本的な美意識と西洋画の融合が示されています。
Jacques Majorelle (1886-1962)
ジャック・マジョレルは、20世紀前半に活躍したフランスの画家です。彼は特にモロッコに深く魅せられ、その地の風景、光、文化、そしてそこに暮らす人々を鮮やかで独特の色彩で描き続けました。彼の作品と、彼がマラケシュに創設した庭園「マジョレル庭園(Jardin Majorelle)」は、今日でも世界的に知られています。

Le Souk des Tapis, Marrakech (1924)
「マラケシュの絨毯市場」(Le Souk des Tapis, Marrakech)は、マジョレルが深く愛したモロッコの都市、マラケシュの活気ある絨毯市場の情景を描いたもので、彼の鮮やかで独特な色彩感覚と、異国情緒あふれる題材への関心が強く表れています。

Ighil N’oro le Mellah (1922)
「イギル・ン・オロのメッラー」(Ighil N’oro le Mellah)は、マジョレルが深く魅せられたモロッコの風景と、その地のユダヤ人地区であるメッラー(Mellah)を題材にしたものです。「イギル・ン・オロ」という地名から、アトラス山脈などの山岳地帯に位置する場所の情景が描かれていると推測されます。
André Fraye (1889-1963)
アンドレ・フレイは、20世紀前半から中期にかけてフランスで活動した画家です。彼は、キュビスムなどの同時代の前衛的な動きに触れながらも、独自の具象的な画風を確立し、工業地帯の風景、都市の情景、そして静物画を主要なテーマとしました。特に、機械や工場といった近代的な主題を、詩的かつ力強く描いたことで知られています。

Port de Cassis (1920) 上段
Edmond sigris(1882-1947) , Menton le port (1937) 下段
「カシス港」(Port de Cassis)は、フランス南部の地中海沿岸のリゾート地であるカシス港を描いたもので、彼の堅実な構成力と、色彩、光の表現が示されています。
エドモン・シグリは、20世紀前半にフランスで活動した画家です。「マントン港」(Menton le port)は、南フランスの地中海沿岸に位置する美しい町、マントンの港の情景を描いたものです。
Moïse Kisling (1891-1953)
モイーズ・キスリングは、20世紀前半にパリで活躍したポーランド出身の画家で、エコール・ド・パリ(パリ派)の主要メンバーの一人として知られています。彼は、甘美で憂いを帯びた女性像や子供の肖像画を多く手がけ、その独特の色彩と洗練された筆致で人気を博しました。

Paysage du midi (1937)
「南仏の風景」(Paysage du midi)は、人物画で知られるキスリングが手がけた風景画であり、彼の洗練された色彩感覚と、地中海地方の明るい光と雰囲気を捉える才能が示されています。キスリングは、南仏の温暖な気候と豊かな自然を愛し、しばしばこの地の風景を描きました。
François Desnoyer (1894-1972)
フランソワ・デノワイエは、20世紀に活動したフランスの画家です。彼は、フォーヴィスムやキュビスムといった当時の主要な芸術運動の影響を受けつつも、独自の鮮やかで力強い色彩表現と、地中海沿岸の風景や活気ある情景を題材にした作品で知られています。

L’escale (1940)
「寄港地」(L’escale)は、地中海沿岸の風景、特に港の情景を題材としており、彼の鮮やかで力強い色彩表現と、構成力が明確に示されています。制作された1940年という時期は第二次世界大戦中でありながらも、作品にはデノワイエらしい生命力と色彩への情熱が感じられます。
Édouard Pignon (1905-1993)
エドゥアール・ピニョンは、20世紀後半にフランスで活躍した画家です。彼は、キュビスムや抽象表現といった当時の前衛的な芸術運動から学びながらも、独自の力強く、表現豊かな具象画を追求しました。特に、労働者、闘牛、海、そして風景といったテーマを、ダイナミックな構図と色彩で描き出しました。ピカソと親密だった画家です。

La Veillée (1937)
「通夜」(La Veillée)は、おそらく亡くなった人物のために集まった人々、あるいは困難な状況の中で夜を過ごす人々が描かれています。
Georges Dayez (1907-1991)
ジョルジュ・ダイエは、20世紀に活動したフランスの画家、リトグラフ作家です。彼は、具象的なスタイルを維持しつつ、色彩豊かなパレットと、都市風景、人物、静物といった日常的な主題に詩情を見出すことで知られています。

Les dentellières de Burano (1951)
「ブラーノ島のレース編み職人たち」(Les dentellières de Burano)は、ダイエがイタリアのヴェネツィア近郊にあるブラーノ島を訪れた際に描かれたもので、彼の色彩豊かなパレットと、日常の情景に詩情を見出す才能がよく表れています。ブラーノ島は、鮮やかな色彩の家々と、伝統的なレース編みで有名な島です。
まとめ
ナンシー美術館に収蔵されているこれらの作品は、20世紀前半のフランス芸術がいかに多様で創造的であったかを雄弁に物語っています。アルベール・マルケやラウル・デュフィが切り開いた色彩の自由、モーリス・ユトリロが描いたパリの街角の詩情、そしてアメデオ・モディリアーニや藤田嗣治といったエコール・ド・パリの画家たちが確立した独自のスタイルは、今も私たちを魅了し続けています。また、マックス・ペヒシュタインのようなドイツ表現主義の画家が、どのようにフランスの地で独自の表現を確立していったかを知ることもできるでしょう。
この記事を通じて、彼らの芸術への情熱と、作品に込められた深いメッセージを感じていただけたなら幸いです。ナンシー美術館を訪れる際には、これらの傑作が放つ唯一無二の輝きをぜひ肌で感じてみてください。
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