美術館巡りをしている時に、ずっと疑問に思っていたこと、分かりにくかったことがあります。
それが、芸術家たちのつながりです。
有名な画家を調べていると、その作風や題材、技法などは調べられるのですが、この画家はどうしてこのような絵が描けるのか、誰に教わったのか、誰の影響を受けたのか、誰を教えたのかなどがほとんど分かりませんでした。
そこでこの疑問を解消すべく取り組んだのが、人物の相関図です。
かなり簡潔に作成していますので、実際はもう少し詳しい説明があると良いのですが、あまり深く調べると膨大な量になってしまうので、何卒ご容赦ください。
また、基本的には見たことのある画家を中心に構成していますので、有名な画家であっても記載されていない場合があります。
そのあたりも合わせてご理解頂けると幸いです。
西洋絵画史を学ぶ上できっとお役に立てると思いますので、ぜひ美術館を訪れた際は、ご参考にしてみてください。
ルネサンスとは
Renaissance(ルネサンス)という言葉は1840年に、フランスの歴史家、Jean-Jacques Ampèreにより使用されたのが最初と言われています。
但し、語源自体は、1568年にイタリアの画家、建築家であるGiorgio Vasariによって、Rinascita(現在のイタリア語ではRinascimento)と言う言葉が使用されたことによるものです。
その意味は、「復興」、「再生」であり、キリスト教中心の視点から、ギリシャ、ローマと言った古代の視点へ戻そうとする運動です。
始まりは1300年ごろのイタリアからであり、その後欧州各地に広がっていきました。
ルネサンスの定義については、色々な考えや意見、解釈があるようです。
今回は美術的な側面から、一般的に語られている時期や事柄に沿ってご紹介させて頂きます。
時代背景
ルネサンスがイタリアで起こったということは偶然ではありません。
様々な要素が複合的に重なって誕生しています。
その後の発展もキリスト教の影響力の低下や新しい技術の発明など多様な要因が後押しすることになります。
以下に挙げるものはその中でも大きな影響を与えた要因になります。
十字軍の遠征
時代は少し遡りますが、12世紀から13世紀にかけて行われた、エルサレム奪回のための軍事遠征です。
十字軍の詳細については、ここでは割愛しますが、イスラム文化との戦いは、ヨーロッパに多くのイスラム文化を持ち運ぶことにもなりました。
数学に関する知識はヨーロッパに大きな影響をもたらします。
オスマン帝国の勃興
13世紀になると、オスマン帝国が力を増し、1453年にはビザンツ帝国が崩壊してしまいます。
ギリシャの学者たちは、オスマン帝国からイタリアに逃れました。
その際に、ギリシャやローマの歴史や古典を伝え、イタリアの知識層に多くの刺激を与えました。
これらは、哲学、散文、詩、演劇、科学、芸術に関する論文、初期のキリスト教神学などが含まれます。
裕福な都市の誕生
戦争は多くの人的犠牲を払いますが、経済的には、貿易が盛んになり富をもたらします。
特にその富は北イタリア付近に集中し、フィレンツェ、ヴェネツィアなどは強大な富と力を持つようになりました。
(フィレンツェのメディチ家などは今でもよく耳にすることがあると思います)
富が余れば、都市に様々な投資が出来るようになります。
芸術活動もその一環であり、多くの芸術家を雇うことが出来るようになりました。
キリスト教の影響力の低下
多くの文化が持ち込まれると相対的にキリスト教の力も弱まって行きます。
14世紀にはアヴィニョン捕囚と言う教皇庁が南フランスのアヴィニョンへ移されるという事件が起きます。
この結果として教会の分裂も招き、影響力の低下にさらに拍車をかけました。
また、メディチ家の創設者でもある、Cosimo de’ Medici(1434-1464)は教会や君主制と関係のない芸術家の後援を始めました。
活版印刷術の発明
1450年ごろ、ヨハネス・グーテンベルクヨハネス・グーテンベルクによる活版印刷術の発明により、多くの考えやアイデアを広めることが可能になりました。
油彩画の発明
フランドルではJan van Eyck(ヤン・ファン・エイク)が油彩画を発明します。
テンペラでは出来なかった様々な表現が出来るようになりました。
時期
ルネサンスは主に1300年頃から1600年頃までの、300年間を指しています。
学問的な美術史はこの300年の間を4つの時代区分に分けています。
- Proto-Renaissance(前期ルネサンス):1280–1400年
- Early Renaissance(初期ルネサンス):1400〜1495年
- High Renaissance(盛期ルネサンス):1495〜1520年
- Mannerism(マニエリスム、または後期ルネサンス):1520〜1600年
Proto-Renaissance(前期ルネサンス)
イタリア、フィレンツェ、シエナを中心に写実的な作品が製作されるようになりました。
代表画家
フィレンツェ派
チマブーエ(Cimabue 1240–1302)
ピエトロ・カヴァリーニ(Pietro Cavallini, 1250–1330)
ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone 1267–1337)
リッポ・ディ・ベニビエニ (Lippo di Benivieni, 1296-1327)
マーゾ・ディ・バンコ (Maso di Banco,? –1348)
タッデオ・ガッディ(Taddeo Gaddi, 1300–1366)
オルカーニャ(Orcagna/Andrea di Cione di Arcangelo 1308–1368)
アンドレア・ボナイウート(Andrea Bounaiuti 1346–1379)
フランチェスコ・トライニ(Francesco Traini 1321–13)
アグノロ・ガディ(Agnolo Gaddi, 1350-1396)
ロレンツォ・モナコ(Lorenzo Monaco, 1370 – 1425)
フラ・アンジェリコ(Fra’ Angelico/Beato Angelico 1390-1455)
マリオット・ディナルド(Mariotto di Nardo, 1394-1424)
シエナ派
ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ(Duccio di Buoninsegna 1255 – 1319)
シモーネ・マルティーニ(Simone Martini、1284-1344)
ピエトロ・ロレンツェッティ(Pietro Lorenzetti 1280-1348)
タッデオ・ディ・バルトーロ(Taddeo di Bartolo 1363-1422)
アンブロージョ・ロレンツェッティ(Ambrogio Lorenzetti 1290-1348)
ジョヴァンニ・ディ・パオロ(Giovanni di Paolo di Grazia, 1399/1403-1482)
サセッタ(Sassetta / Stefano di Giovanni 1392-1450)
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ(Gentile da Fabriano 1360-1427)
ヤーコポ・ベッリーニ(Jacopo Bellini、1400-1470)
ドメニコ・ヴェネツィアーノ(Domenico Veneziano 1410-1461)
ヴェローネ派
アルティキエーロ(Altichiero da Verona 1330-1390)
※ 分類が違う場合もあります。
初期ルネサンスの画家が含まれている場合もあります。
カタカナ表記に関して実際の発音と異なる場合もあります。
人物相関図
画像クリックで拡大します。文字が小さくて少し見にくいですが何卒ご了承ください。
★ご利用の注意点★
上の代表画家の相関図です。
青い矢印は師弟関係を表していますが、実際はその関係がはっきりしていなかったり、ワークショップで働いたことがあるだけであったりします。
情報は英語版、フランス語版ウィキペディアを参考に製作しています。
まとめ
いかがでしたか。
Proto-Renaissance(前期ルネサンス)を代表する画家たちの相関図をご紹介させて頂きました。
図を見て見ると有名な画家たちは、どこかで繋がっていることがわかります。
特に、「チマブーエ~ジョット」の流れが主流になって次の時代に繋がっていきます。
また、少し分かりにくいですが、左側がシエナ派の流れになっています。
この時代は詳しいことが不明な場合が多いので実際の関係と違う場合があることをあらかじめお断りさせて頂きます。
絵画鑑賞の際に、少しでもご参考になれば幸いです。
次は多くの技術革新が生まれた「初期ルネサンス」についてご紹介させて頂きます。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
西洋美術史の全体像は年表でご紹介させて頂いております。
合わせてご覧頂くと時代の流れが理解しやすくなると思います。
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