ストラスブール美術館の扉の向こうに、激動の時代を生きた芸術家たちの魂が息づいています。
今回ご紹介するのは、光と影が織りなす「バロック」、そして優雅さと軽やかさで魅了する「ロココ」の作品群です。絶対王政が力を持った時代、そして革命の炎がヨーロッパを包んだ激動の時代、画家たちはキャンバスに何を映し出したのでしょうか。
本記事では、ストラスブール美術館が誇るコレクションの中から、特に注目すべきバロック・ロココ期の画家たちと、彼らが描いた珠玉の作品をご紹介します。ルーベンスの躍動感あふれる宗教画から、カラヴァッジョ派のドラマティックな明暗表現、そしてクロード・ロランが描く理想的な風景画、さらにウードリーの精緻な動物画まで、時代と様式を超えて輝きを放つ傑作の数々を巡るアートの旅へ。
最初の1枚は、巨匠ルーベンスの圧倒的な傑作です。
- Pierre Paul Rubens (1577-1640)
- Carlo Sellitto (1581-1614)
- Simon Vouet (1590-1649)
- Valentin de Boulogne (1591-1632)
- Giovanni Francesco Barbieri (1591-1666)
- Jacopo Vignali (1592-1664)
- Claude Gellée dit Le Lorrain (1600-1682)
- Michele Desubleo (1602-1676)
- Philippe de Champaigne (1602-1674)
- Salvator Rosa (1615-1673)
- Valerio Castello (1624-1659)
- Bernhard Keil (1624-1687)
- Bartolomeo Biscaino (1629-1657)
- Cornelis Norbertus Gysbrechts (1630-1675)
- Johann Carl Loth (1632-1698)
- Gaspar Pieter Verbruggen le Jeune (1664-1730)
- Giuseppe Crespi (1665-1747)
- Jean-Baptiste Oudry (1686-1755)
- Giandomenico Tiepolo (1727-1804)
- まとめ
Pierre Paul Rubens (1577-1640)
ピーテル・パウル・ルーベンスは、17世紀のヨーロッパ美術を代表する、フランドル(現在のベルギー北部)出身の画家です。
彼は、躍動感あふれる構図、豊かな色彩、そして官能的な表現が特徴の「バロック様式」を代表する芸術家として知られています。宗教画、神話、肖像画など、幅広いテーマで数多くの傑作を残し、その壮大でドラマティックな作風は後世の画家に絶大な影響を与えました。また、大規模な工房を構えて多くのアシスタントと共に制作を行ったことでも有名です。

Le Christ triomphant de la Mort et du Péché (1615/16)
『死と罪に勝利するキリスト』は、イエス・キリストが死(骸骨として描かれる)と罪(蛇として描かれる)を踏みつけ、打ち負かす劇的な瞬間を描いた作品です。
復活したキリストは力強く天を仰ぎ、その体は光に包まれています。躍動感あふれる構図と巧みな光の表現は、ルーベンスのバロック様式の特徴を非常によく示しています。これは、死に対するキリストの完全な勝利と、人類の救済という宗教的なメッセージを、見る者に強く印象付ける力強い傑作です。

La Visitation (1611/12)
『ラ・ヴィジタシオン(聖母のエリサベツ訪問)』は、聖母マリアが、自身と同じく奇跡的に子供(後の洗礼者ヨハネ)を身ごもった年上の親戚エリサベツを訪ねる、新約聖書の感動的な場面を描いています。
絵画は、二人の女性が再会し、互いの懐妊を喜び合う神聖な瞬間の親密な雰囲気を捉えています。ルーベンス特有の温かく豊かな色彩と、人物たちの生き生きとした感情表現によって、深い愛情と敬意が伝わってくる作品です。
Carlo Sellitto (1581-1614)
カルロ・セッリットは、バロック期のイタリア人画家です。ナポリで主に活動しました。
カラヴァッジョの追随者の一人であり、カラヴァッジョの様式(カラヴァッジオ主義)をナポリに広める上で重要な役割を果たしました。

Saint Bruno en prière devant le crucifix (1610)
「聖ブルーノの十字架の前の祈り(Saint Bruno en prière devant le crucifix)」は、カルトゥジオ会の創設者である聖ブルーノが十字架の前で祈りを捧げている様子を描いています。セッリットはカラヴァッジョの影響を強く受けており、この作品にもその特徴が表れています。劇的な光と影のコントラスト(キアロスクーロ)や、聖人の内面的な感情を深く掘り下げた表現が特徴です。
Simon Vouet (1590-1649)
シモン・ヴーエは、17世紀フランス絵画の発展に決定的な影響を与えた重要な画家です。
パリで生まれたヴーエは、若くしてイタリアに渡り、約15年間ローマを中心に活動しました。この時期に、カラヴァッジョの劇的な明暗表現(キアロスクーロ)、アンニーバレ・カラッチやグイド・レーニなどのボローニャ派の古典主義、ヴェネツィア派の色使いなど、イタリア・バロック美術の様々な要素を吸収し、独自のスタイルを確立しました。ローマでは、サン・ルカ・アカデミーの会長を務めるなど、高い評価を得ました。
1627年、フランス国王ルイ13世の招きにより帰国し、国王の首席画家(Premier Peintre du Roi)に任命されました。帰国後、ヴーエはイタリアで培ったバロック様式をフランスに導入し、フランスの美術界に革命をもたらしました。彼の作品は、宮殿や教会の装飾、祭壇画、肖像画、寓意画など多岐にわたり、フランス・バロック様式の基礎を築きました。

Loth et ses Filles (1633)
「ロトとその娘たち(Loth et ses Filles)」は、旧約聖書に登場するロトとその娘たちの物語を題材としています。ソドムとゴモラが滅ぼされた後、ロトと二人の娘だけが助かりますが、種を残すために娘たちがロトを酔わせて子をもうけるというエピソードが描かれています。
Valentin de Boulogne (1591-1632)
ヴァランタン・ド・ブーローニュは、17世紀フランス出身の画家で、イタリアのローマで主に活動したカラヴァッジョ派の重要な画家です。
彼は、カラヴァッジョの劇的な光と影の表現(キアロスクーロ)と写実主義を深く継承し、その様式をさらに発展させました。ヴーエがイタリア・バロックの明るく華やかな側面を取り入れたのに対し、ヴァランタンはカラヴァッジョの「テネブリズム(Tenebrism)」(極端な明暗対比で闇を強調する技法)や、酒場の情景、カード遊びをする兵士、楽師、占い師といった市井の人々を描く主題を好んで描きました。

Musiciens et soldats (1626)
「音楽家と兵士たち(Musiciens et soldats)」は、ヴァランタンが得意とした風俗画の一つであり、酒場の情景を描いています。画面には、楽器を演奏する音楽家たちと、それに耳を傾けたり、談笑したりする兵士たちが描かれています。彼らの服装や表情は非常にリアルで、当時のローマの日常風景を生き生きと伝えています。
Giovanni Francesco Barbieri (1591-1666)
ジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリ、通称グエルチーノは、イタリア・バロック期の重要な画家です。
彼はカラヴァッジョの影響を受けた初期の劇的なキアロスクーロ(明暗法)と、人物の感情を豊かに表現する技法で知られました。1621年にはローマで教皇の仕事をしましたが、その後故郷チェントに戻り、作風はより明るく古典主義的な傾向へと変化しました。
多作で知られ、祭壇画から素描まで幅広い作品を残しました。グエルチーノは、17世紀イタリア・バロック絵画の発展に大きく貢献した巨匠の一人として記憶されています。

Samson et Dalila (1654)
「サムソンとデリラ(Samson et Dalila)」は、旧約聖書「士師記」に記された、怪力の士師サムソンとペリシテ人の女デリラの物語を描いています。デリラがサムソンの怪力の源である髪の毛を切り落とし、彼を無力化する決定的な瞬間が描かれています。
Jacopo Vignali (1592-1664)
ヤコポ・ヴィニャーリは、イタリアの初期バロック期の画家です。フィレンツェを中心に活動しました。
アレッゾ近郊のプラトヴェッキオで生まれ、フィレンツェで有力な画家マッテオ・ロッセッリに師事しました。彼の作品は、宗教画、寓意画、フレスコ画など多岐にわたり、古典主義的な要素とバロック的な表現が融合した独自のスタイルを持っています。

Cyparissus
「キュパリッソス(Cyparissus)」は、ギリシア神話の美少年キュパリッソスが、誤って殺してしまった愛する牡鹿を悼む姿を描いた絵画です。
ヴィニャーリの現存する数少ない神話画の一つであり、彼の繊細な感情表現と、当時のフィレンツェ絵画におけるバロック様式の受容を示す重要な作品です。
Claude Gellée dit Le Lorrain (1600-1682)
クロード・ジュレ、通称クロード・ロランは、17世紀フランス・バロック美術を代表する風景画の巨匠です。
現在のフランス北東部ロレーヌ地方(Le Lorrainは「ロレーヌ出身の」の意)で生まれましたが、12歳頃に孤児となり、その後人生のほとんどをローマで過ごしました。
彼は、神話や聖書の物語を題材にしつつ、「理想的風景画」というジャンルを確立しました。彼の絵画は、朝焼けや夕焼けの柔らかな光、広大な空間、古代の遺跡、そして牧歌的な人物たちが特徴です。特に、空気遠近法を駆使した大気感あふれる表現と、遠景に向かって奥行きを感じさせる構図は、彼独特のものでした。
ロランの作品は、その詩的な美しさと構成の妙により、後の風景画家たち、特に18世紀や19世紀のイギリスのターナーやコンスタブルといった画家たちに絶大な影響を与えました。ロダンも彼の像を制作しています。

La Fuite en Egypte (1635/40)
「エジプトへの逃避(La Fuite en Egypte)」は、新約聖書に記された、ヘロデ王の幼児虐殺から逃れるために、聖ヨセフ、聖母マリア、幼子イエスがエジプトへ向かう場面を描いています。しかし、クロード・ロランの作品に典型的なように、宗教的な主題は、広大で叙情的な理想的風景を描くための口実となっています。
Michele Desubleo (1602-1676)
ミケーレ・デスブレーオは、フランドル(現在のベルギー・フランス国境付近)のモブージュに生まれ、イタリアのパルマで活躍したバロック期の画家です。
彼は、イタリアで有名なフランドル人画家フランシスコ・ルキエ(Francesco Ruec)に師事し、特にボローニャ派の巨匠グイド・レーニの影響を強く受けました。その作風は、古典主義的な優美さと、バロック的な感情表現、そして洗練された色彩感覚が融合しています。

Allégorie de la musique
「音楽の寓意(Allégorie de la musique)」は、音楽を擬人化した寓意画です。通常、音楽を象徴する楽器、楽譜、あるいは詩篇などを伴った人物が描かれ、音楽の持つ調和、喜び、あるいは精神性を表現しています。デスブレーオの作品は、師であるグイド・レーニの影響を強く受けており、優雅で洗練された筆致と、人物の穏やかな表情が特徴です。
Philippe de Champaigne (1602-1674)
フィリップ・ド・シャンパーニュは、17世紀フランス・バロック美術を代表する重要な画家です。
現在のベルギー、ブリュッセルで生まれましたが、1621年にパリに移住し、生涯のほとんどをフランスで過ごしました。リュクサンブール宮殿の装飾に携わり、王妃マリー・ド・メディシスやリシュリュー枢機卿の宮廷画家として活躍しました。1648年には王立絵画彫刻アカデミーの創立メンバーの一人となりました。

Portrait of Cardinal de Richelieu (1642)
「リシュリュー枢機卿の肖像(Portrait of Cardinal de Richelieu)」は、フランス史上最も強力な政治家の一人であるアルマン=ジャン・デュ・プレシー、リシュリュー枢機卿(Cardinal de Richelieu, 1585-1642)を描いたものです。シャンパーニュはリシュリュー枢機卿の公式肖像画家として、彼の姿を数多く描きました。
Salvator Rosa (1615-1673)
サルヴァトール・ローザは、17世紀イタリア・バロック期に活躍した異色の画家です。ナポリで生まれ、ローマとフィレンツェで活動しました。
彼は単なる画家にとどまらず、詩人、風刺家、音楽家、俳優といった多様な才能を持っていました。

PAYSAGE AVEC TOBIE ET L’ANGE (1670)
「トビアスと天使のいる風景(PAYSAGE AVEC TOBIE ET L’ANGE)」は、旧約聖書続編の「トビト記」から、盲目の父を癒やすために旅に出る若者トビアスが、実は天使ラファエルである旅の道連れと共に歩む場面を描いています。
Valerio Castello (1624-1659)
ヴァレリオ・カステッロは、17世紀イタリアのバロック期の画家で、特に故郷であるジェノヴァを中心に活躍しました。
彼は、活気に満ちたジェノヴァのバロック美術において傑出した存在でした。父は画家ベルナルド・カステッロ。ヴァレリオは、バロック様式の中でも特にダイナミックで自由な筆致と構図が特徴です。宗教画や神話画、そして戦闘場面なども得意としました。

L’Adoration des Mages (1650)
「東方三博士の礼拝(L’Adoration des Mages)」は、新約聖書「マタイによる福音書」に記されている、東方から星に導かれてやってきた賢者(東方三博士またはマギ)たちが、幼子イエスを礼拝し、贈り物を捧げる場面を描いています。
Bernhard Keil (1624-1687)
ベルンハルト・カイルは、デンマーク出身のバロック期の画家です。イタリアで「モンスー・ベルナルド(Monsù Bernardo)」として知られ、主にローマで活動しました。
彼は、レンブラントの弟子であったことが知られています。その作品は、市井の人々、特に質素な服装の老人や子供たちを描いた風俗画を専門としました。また、「五感」「季節」「四大元素」といったシンプルな寓意を主題とすることも多かったです。

Portrait de vieille femme
「老女の肖像(Portrait de vieille femme)」は、、質素な身なりの老女が描かれており、その顔には人生の経験が刻まれたかのような深い表情がうかがえます。カイルは、光と影のコントラストを巧みに用いて人物の内面性や存在感を際立たせています。
Bartolomeo Biscaino (1629-1657)
バルトロメオ・ビスカイーノは、17世紀イタリアのバロック期の画家、版画家、素描家です。故郷であるジェノヴァを中心に活動しました。
彼は、風景画家であった父ジョヴァンニ・アンドレア・ビスカイーノに学び、その後、ジェノヴァの有力な画家ヴァレリオ・カステッロの工房に入りました。カステッロの劇的な様式の影響を受けつつも、ビスカイーノの作品は、より柔らかな形態、広い筆致、そして繊細な色彩が特徴です。

L’Adoration des Mages (1650)
「東方三博士の礼拝(L’Adoration des Mages)」は、新約聖書に記された、東方から来た賢者(東方三博士またはマギ)たちが、幼子イエスを礼拝し、贈り物を捧げる場面を描いています。
Cornelis Norbertus Gysbrechts (1630-1675)
コルネリス・ノルベルトゥス・ヘイスブレヒツは、フランドル(現在のベルギー)出身のバロック期の画家です。
彼は特に、トロンプルイユ(だまし絵)とヴァニタス静物画の専門家として知られています。トロンプルイユとは、描かれたものがまるで実物であるかのように錯覚させる絵画技法です。また、ヴァニタス静物画は、人生の儚さや時間の移ろいを象徴するモチーフ(頭蓋骨、砂時計など)を描いた静物画です。
ヘイスブレヒツは、1659年にアントウェルペンの聖ルカ組合に登録され、その後、ドイツのレーゲンスブルクやハンブルクを経て、1668年から1672年までデンマーク王室の宮廷画家として活躍しました。デンマーク王フレデリク3世とクリスチャン5世のために多くのトロンプルイユ作品を制作しました。

Vanité
タイトルにもなっている「ヴァニタス(Vanité)」とは、ラテン語で「空虚」「虚栄」を意味し、人生の儚さ、死の必然性、そして現世の物質的なものの無益さを象徴するモティーフを描いた静物画のジャンルです。
ヘイスブレヒツのこの「ヴァニタス」では、一般的に、頭蓋骨、消えかけた蝋燭、泡、時計、砂時計、ひっくり返ったグラス、枯れた花、書物、楽器、宝石、貨幣などが描かれ、それぞれが時間の経過、死、富の虚しさ、享楽の無益さなどを暗示しています。彼はこれらのモティーフを驚くほど写実的に描き、見る者に人生の意味について深く考えさせます。
Johann Carl Loth (1632-1698)
ヨハン・カール・ロートは、ドイツ出身のバロック画家で、生涯のほとんどをヴェネツィアで過ごしました。イタリアでは「カルロット(Carlotto)」とも呼ばれています。
彼は主に歴史画、特に古典神話や旧約聖書を題材とした、群衆が描かれた場面を得意としました。ミュンヘンで父ヨハン・ウルリッヒ・ロートに師事した後、ローマでカラヴァッジョの作品に触れ、その後ヴェネツィアに移り住みました。

Le Martyre de Saint Gérard Sagrado (Gérard de Csanad)
「聖ゲラルド・サグレドの殉教(Le Martyre de Saint Gérard Sagrado (Gérard de Csanad))」は、11世紀にハンガリーで殉教したキリスト教の聖人、チャナドのゲラルド(聖ゲラルド・サグレド)の最期を描いています。伝承によると、彼は異教徒によって樽に釘を打ち付けられ、丘から投げ落とされて殺されたとされています。
ヴェネツィア派の豊かな色彩と、カラヴァッジョの影響を受けた劇的な光と影のコントラスト(キアロスクーロ)が特徴です。
Gaspar Pieter Verbruggen le Jeune (1664-1730)
ガスパール・ピーテル・フェルブルッヘン・ル・ジューヌは、フランドル(現在のベルギー)出身のバロック期の画家です。通称「若きフェルブルッヘン」として知られ、父ガスパール・ピーテル・フェルブルッヘン(長老)も画家でした。
彼は主に静物画、特に豪華な花や果物の静物画、そして花輪(ガーランド)の絵画を専門としました。花輪の絵画では、しばしば中央に宗教画や神話画、肖像画などが配置されることがあり、他の画家と共同で制作することもありました。

Vase de fleurs et de fruits
「花と果物の花瓶(Vase de fleurs et de fruits)」は、画面中央には花瓶に生けられた色とりどりの花々と、その周囲に置かれた様々な種類の果物が、豊かな色彩と精緻な筆致で描かれています。
Giuseppe Crespi (1665-1747)
ジュゼッペ・マリア・クレスピは、イタリアのバロック後期を代表する画家です。ボローニャで生まれ、生涯のほとんどを同地で過ごしましたが、一部北イタリアを旅した記録もあります。その特徴的な画風から「ロ・スパニョーロ(Lo Spagnolo)」(スペイン人)という通称でも知られました。
彼は、従来の厳格なアカデミックな様式に反発し、日常的な情景(風俗画)、宗教画、肖像画など多岐にわたる作品を手がけました。特に、強烈なキアロスクーロ(明暗法)と、人物の感情を生き生きと捉える描写が特徴です。時にはカリカチュア的な要素を盛り込むこともありました。

L’AMOUR VAINQUEUR OU L’INGEGNO (1695/1670)
「勝利の愛、あるいは知性(L’AMOUR VAINQUEUR OU L’INGEGNO)」は、カラヴァッジョの同名の作品「勝利のキューピッド(Amor Vincit Omnia)」から着想を得ていますが、クレスピ独自の解釈と表現が加えられています。
Jean-Baptiste Oudry (1686-1755)
ジャン=バティスト・ウードリーは、18世紀フランスのロココ様式を代表する画家の一人です。特に動物画、静物画、そして狩猟の情景の分野で傑出した才能を発揮しました。
パリで生まれ、父親も画家でした。肖像画家ニコラ・ド・ラルジリエールに師事し、初期には肖像画も手掛けましたが、1715年頃から静物画や動物画に専念するようになります。彼は1719年に王立絵画彫刻アカデミーの会員となり、1724年にはルイ15世の宮廷画家となりました。また、ボーヴェやパリのタペストリー製造所の美術監督も務め、タペストリーのデザインにも深く関わりました。

Perroquet
「オウム(Perroquet)」は、鮮やかな色彩のオウムが、画面の中で生き生きと描かれており、その羽毛の質感や、表情までがリアルに表現されています。
Giandomenico Tiepolo (1727-1804)
ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロは、18世紀ヴェネツィアの画家、版画家です。彼は、偉大なヴェネツィア・ロココを代表する巨匠ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの息子であり、その工房で修業を積み、父の主要な助手として活躍しました。
ドメニコは、父と共にヴュルツブルクやマドリードでの大規模な装飾プロジェクトに携わり、初期の作品は父の様式に非常に似ています。しかし、父の死後、彼は独自の芸術的個性を確立していきました。
父が得意とした壮大な神話画や宗教画に加え、ドメニコはヴェネツィアの日常や風俗、特に仮面劇(コメディア・デッラルテ)のキャラクター「プルチネッラ」を描いた作品で知られています。これらの作品は、ユーモアと風刺が効いており、当時の社会や人々の生活を生き生きと描き出しました。また、素描の分野でも非常に多作であり、その洗練された筆致は高く評価されています。

LA VIERGE EN GLOIRE AVEC SAINT LAURENT ET À SAINT FRANÇOIS DE PAULE (1775/80)
「栄光の聖母と聖ラウレンティウス、聖フランチェスコ・ディ・パオラ(LA VIERGE EN GLOIRE AVEC SAINT LAURENT ET À SAINT FRANÇOIS DE PAULE)」は、聖母マリアが栄光のうちに現れ、聖ラウレンティウス(聖ロレンツォ)と聖フランチェスコ・ディ・パオラという二人の聖人に囲まれている場面を描いています。聖ラウレンティウスは火あぶりの刑で殉教した聖人で、よく鉄格子を伴って描かれます。聖フランチェスコ・ディ・パオラは、修道会「ミミニ派」の創始者で、謙遜と苦行の象徴です。
まとめ
ストラスブール美術館のバロック・ロコココレクションは、17世紀から18世紀にかけてのヨーロッパ美術の多様な側面を鮮やかに示しています。
ルーベンスの力強い生命力とセッリットやヴァランタンに見られるカラヴァッジョ派の劇的な光と影。フランス・バロックの礎を築いたヴーエの洗練された表現、そしてグエルチーノの情感豊かな筆致。ヴィニャーリの繊細な神話画や、クロード・ロランの詩情あふれる風景画は、異なるアプローチで美を追求しました。
フランドルやデンマーク、イタリア各地で活躍したデスブレーオ、シャンパーニュ、ローザ、カステッロ、カイル、ビスカイーノ、ロート、フェルブルッヘン(若き)、クレスピといった画家たちは、それぞれが独自の様式で宗教画、肖像画、風俗画、静物画といったジャンルを豊かにしました。
そして、ヘイスブレヒツの巧みなトロンプルイユ(だまし絵)とヴァニタスは、視覚の遊びと人生の儚さという深遠なテーマを両立させ、ウードリーの精緻な動物画や、ドメニコ・ティエポロの人間味あふれる風俗画は、続くロココ時代の軽やかさと写実主義の萌芽を予感させます。
ストラスブール美術館に集められたこれらの作品群は、激動の時代の中で、画家たちがどのように世界を捉え、表現しようとしたのかを雄弁に物語っています。ぜひ、このコレクションを通じて、バロックとロココという壮大な芸術の潮流を肌で感じ取ってみてください。
ストラスブール美術館については以下の記事もご参照ください。
コメント