オルセー美術館コレクション、今回はポスト印象派。
ポスト印象派は特別な運動や意識的なつながりはありませんが、印象派の影響を受けながらも新しい道を模索していた画家たちのことです。
定義が曖昧な分、多くの画家が含まれますが、今回はポスト印象派を代表する3人の画家の内の2人、ゴッホとセザンヌについてご紹介させて頂きます。
(もう一人はゴーギャンですが、別の記事にてご紹介させて頂きます)
2人とも大変有名な画家ですので、一度は目にしたことのある作品が多数あると思います。
それでは早速ご紹介させて頂きます。
ポスト印象派とは
ポスト印象派は年代的には、1880年ごろから1910年頃までの期間のことを指しています。
印象派が行き詰まりを見せる中に、新しい表現スタイルを模索した作品たちのことです。
(その意味では新印象派をポスト印象派に組み込んで考えることも出来ます)
ポスト印象派という名前の由来は、イギリスの画家であり、美術評論家でもあった、Roger Fry (1866-1934)によって提唱されたもになります。
1906年にアメリカに渡ったRoger Fryが、セザンヌの作品を見ることにより考え出したものと言われています。
但し、一般的に広まるには、1910年、イギリスに戻ったRoger Fryが、Manet and the Post-Impressionists(マネとポスト印象派)と言う名で行った展示会がきっかけになっています。
Paul Cézanne (1839-1906)
ポール・セザンヌは、19世紀フランスの画家であり、ポスト印象派の巨匠として知られています。「近代絵画の父」とも称され、20世紀のキュビスムやフォーヴィスムなど、その後の美術の展開に決定的な影響を与えました。
印象派の画家たちと一時的に行動を共にしましたが、彼らの感覚的な表現に飽き足らず、自然の形態をより堅固で永続的な構造として捉えようとしました。彼は、対象を円筒、球、円錐といった基本的な幾何学的形態に還元し、独自の色彩と筆致で再構築しました。
セザンヌの作品は、静物画、風景画、肖像画など多岐にわたりますが、いずれの主題においても、形態の探求と色彩の構成が重要な要素となっています。彼の筆致は、重厚で力強く、画面全体に独特の緊張感と安定感を与えます。
生前は評価が低かったものの、20世紀に入るとその革新性が再評価され、ピカソやブラックをはじめとする多くの画家にとって、重要な道標となりました。彼の自然に対する深い洞察と、絵画の構造への徹底的な追求は、現代美術の礎を築いたと言えるでしょう。

La maison du pendu, Auvers-sur-Oise (1873)
La maison du pendu, Auvers-sur-Oise(首吊りの家、オーヴェル=シュル=オワーズ)は、パリ郊外のオーヴェル=シュル=オワーズという村にある、特徴的な家を描いています。
セザンヌが印象派の画家カミーユ・ピサロの影響を受けながら、自身の独自の画風を模索していた初期の重要な作品の一つです。従来の遠近法にとらわれず、大胆な構図と厚塗りの力強い筆致で、建物の量感や自然の力強さを表現しようとしています。
1874年にセザンヌが、最初に参加した印象派展に出品した作品の内の一つです。

Portrait de l’artiste (1875)
Portrait de l’artiste(画家の肖像)は、油彩による自画像です。
セザンヌは生涯にわたり多くの自画像を描きましたが、この作品は、彼の初期の自画像の中でも特に重要なものの一つとされています。暗い色調を基調とし、厚塗りの力強い筆致で、自身の内面を深く探求しようとする姿勢が表れています。

Le golfe de Marseille vu de L’Estaque (1878-79)
Le golfe de Marseille vu de L’Estaque (1878-79)は、レスタックから見たマルセイユ湾の風景を描いた作品であり、水平方向の帯状の構成、単純化された形態、厚塗りの筆致、そして色彩の階調によって、自然の堅牢な構造と広がりを捉えようとした、彼の画風の発展を示す作品です。

La table de cuisine (1888-90)
La table de cuisine(台所のテーブル)は、一見、何気ない静物画のようですが、テーブルにあるポットや果物は様々な角度から見た様子を一つのテーブルの上に描いています。
説明が分かりにくいですが、手前から見た様子をそのまま描いているわけではなく、奥からや斜めから、上からなどの多視点でとらえています。
キュピズムの基礎となった見方、考え方と言われています。

Pommes et oranges (1889)
Pommes et oranges(リンゴとオレンジ)は、テーブルの上に置かれたリンゴとオレンジを主要なモチーフとして、さらに布やその他の物が配置されています。果物とテーブルクロスとお皿やポット、セザンヌ定番のアイテムを他の静物画とは違ったアプローチで描いています。
セザンヌの静物画の中でも特に有名な作品の一つであり、彼の形態と色彩への独特のアプローチが際立っています。リンゴやオレンジは、単なる果物としてではなく、球体という基本的な形態として捉えられ、力強い筆致と豊かな色彩によって、その量感と存在感が強調されています。
静物画だけを見比べてみてもかなり楽しめると思います。

Montagne Sainte-Victoire (1890)
Montagne Sainte-Victoire(サント=ヴィクトワール山)は、セザンヌが生涯を通じて繰り返し描いた、南フランス、プロヴァンス地方の象徴的な山であるサント=ヴィクトワール山を描いています。
セザンヌは、この山を様々な視点や異なる時間帯から捉え、数多くの作品を制作しました。1890年頃のこの作品は、堅固な形態と色彩の構成への彼の探求がより深まっている時期のものです。山、手前の木々、そして空といった要素が、単純化された形態と、色面として捉えられています。

Baigneurs (1890)
Baigneurs(水浴する人々)は、自然の中で水浴びをする複数の人物を描いています。
セザンヌは生涯にわたり「水浴する人々」をテーマに多くの作品を手がけましたが、この1890年頃の作品は、彼の人物像の探求と風景との統合への関心が強く表れています。人物の形態は、単純化された幾何学的な形として捉えられ、力強い筆致と色彩のボリュームによって、その量感と存在感が強調されています。

Les joueurs de cartes (1890-95)
Les joueurs de cartes(カード遊びをする人々)は、簡素な背景の中で、真剣な表情でカードゲームに興じる農民や労働者の姿を描いています。人物は、円筒や円錐といった基本的な形態に還元され、重厚な量感を持って描かれています。抑制された色彩と力強い筆致が、画面に静謐な雰囲気と緊張感を与えています。

La femme à la cafetière (1895)
La femme à la cafetière(コーヒーポットを持つ女)は、女性の重厚な量感と、コーヒーポットやカップといった 品物の堅固な形態が、力強い筆致と抑制された色彩によって表現されています。背景の壁やテーブルも、単純化された色面として捉えられ、画面全体の安定感と静謐な雰囲気を高めています。

Nature morte aux oignons (1896-98)
Nature morte aux oignons(玉ねぎのある静物)は、テーブルの上に置かれた玉ねぎを中心に、果物、瓶、パン、そして白い布などが配置されています。玉ねぎの丸み、果物の量感、瓶の円筒形などが、単純化されながらもその本質を捉えられています。
静物画はセザンヌにとって、配置やバランス、空間、光などを考える上での最適なテーマだったようです。

Rochers près des grottes au-dessus de Château-Noir (1904)
Rochers près des grottes au-dessus de Château-Noir(シャトー・ノワール上方の洞窟近くの岩)は、南フランス、プロヴァンス地方にあるシャトー・ノワールの上方に位置する洞窟近くの岩の風景を描いています。
力強い筆致と大胆な色面によって、岩のゴツゴツとした質感や、自然の雄大さが表現されています。
Vincent van Gogh (1853-1890)
フィンセント・ファン・ゴッホは、19世紀オランダのポスト印象派の画家であり、西洋美術史において最も有名で影響力のある人物の一人です。
生前はほとんど評価されず、経済的にも苦境に立たされましたが、死後、その感情豊かな色彩、奔放な筆致、そして強烈な個性が認められ、20世紀の美術に決定的な影響を与えました。
ゴッホの作品は、初期の暗い色調の農民の生活を描いたものから、パリでの印象派の影響を受けた明るい色彩の作品、そしてアルルやサン=レミでの強烈な色彩と激しい筆致による風景画や肖像画へと変遷しました。彼の作品には、内面の苦悩や自然への深い共感が強く表れています。

La guinguette à Montmartre (1886)
La guinguette à Montmartre(モンマルトルのギングエット)は、パリのモンマルトルにあった大衆的な酒場、ギングエットの賑やかな様子を描いています。
屋外のテーブルで談笑したり食事をしたりする人々、木々、そして奥には建物などが描かれ、モンマルトルの活気が伝わってきます。点描のような細かなタッチも見られますが、まだゴッホ独自の感情的な筆致は確立されていません。印象派の技法を取り入れながら、自身の表現を模索していた時期の作品です。

Portrait de l’artiste (1887)
Portrait de l’artiste(画家の肖像)は、油彩による自画像です。ゴッホはパリ滞在中に多くの自画像を描きましたが、この作品はその中でも特に重要な一枚とされています。
明るい色彩と短い筆触、力強い線と厚塗りによって、画家の内面の感情と精神的な葛藤を強烈に表現した作品です。

L’Italienne (1887)
L’Italienne(イタリアの女)は、マネなどのモデルをしていたAgostina Segatoriを描いた作品です。ゴッホとは一時期、恋人の関係にあったそうです。
明るく鮮やかな色彩と大胆な色面、装飾的な筆致によって、モデルの個性と強い印象を捉えた、画家の色彩表現への探求を示す作品です。

Le restaurant de la Sirène à Asnières (1887)
Le restaurant de la Sirène à Asnières(アニエールのシレーヌ食堂)」は、パリ郊外のアニエールにあったレストラン「ラ・シレーヌ」の屋外の様子を描いています。
レストランの建物、テラス席で食事や談笑を楽しむ人々、そして周囲の木々や風景が、鮮やかな色彩と生き生きとした筆致で描かれています。
多くの印象派の画家がレストランやカフェの内部を描くことが多かったなかで、ゴッホは外観をメインに描いていました。

Fritillaires, couronne impériale dans un vase de cuivre (1887)
Fritillaires, couronne impériale dans un vase de cuivre(フリティラリア、コウテイユリと銅の花瓶)」は、銅の花瓶に生けられた鮮やかなオレンジ色のコウテイユリ(フリティラリア・インペリアリス)の花を描いています。
新印象派を代表する画家、ポール・シニャックの影響で点描画の要素が取り入れられています。
しかし、作品すべてが点描画になることはなく、ゴッホらしい作品に仕上がっています。
なお描かれている花、Fritillaria(フリチラリー)は日本名ではヨウラクユリと呼ばれるユリ科の花で、日本で栽培するのは非常に難しいと言われています。

Les roulottes, campement de bohémiens aux environs d’Arles (1888)
Les roulottes, campement de bohémiens aux environs d’Arles(トレーラー、アルル近郊のボヘミアンの野営地)は、南フランスのアルル近郊に設営された、ロマ(当時ボヘミアンと呼ばれた人々)の移動住居であるトレーラーのキャンプ風景(おそらくサーカス団)を描いています。画面の3分の2ほどを地面が占めているのも特徴的です。
1888年2月頃から数か月、南仏アルルに滞在しています。

La salle de danse à Arles (1888)
La salle de danse à Arles(アルルのダンスホール)は、南フランスのアルルにあったダンスホールの賑やかな様子を描いています。黄色やオレンジ、青といった鮮やかな色彩で彩られ、踊りを楽しむ人々や、楽隊、そして室内の装飾などが、力強いタッチで描き出されています。
厚塗りの筆致は、動きやエネルギーを伝え、ダンスホールの熱気や喧騒が感じられます。人物の顔や形はやや単純化されていますが、それぞれのポーズや色彩によって、生き生きとした雰囲気が表現されています。
ゴーギャンのために描いた作品と言われています。
南仏で共同のワークショップを経営することを考えていたゴッホとゴーギャンでしたが、結局は上手く行かずにゴーギャンが去ることになります。

La chambre de Van Gogh à Arles (1889)
La chambre de Van Gogh à Arles(アルルのゴッホの寝室)は、ゴッホが南フランスのアルルで共同生活を送った「黄色い家」の自身の寝室を描いたもので、同じ構図で3つのバージョンが存在します。
この作品は、ゴッホの内面の世界を象徴的に表していると解釈されています。鮮やかな色彩が用いられていますが、簡潔で安定した構図が特徴です。家具やテーブルは、力強い輪郭線で囲まれ、平面的に描かれています。黄色い壁、青いドア、赤いベッドカバーなど、それぞれの色が象徴的な意味を持っているとも言われています。
一見すると落ち着いた印象を与えますが、歪んだ視点や不安定な床の線など、どこか不安定さを感じさせる要素も含まれています。これは、ゴッホの精神的な状態を反映しているという解釈もあります。

La méridienne ou La sieste (1889-90)
La méridienne ou La sieste(正午、または昼寝)は、横たわって昼寝をする二人の農夫の姿を描いています。
この作品は、ゴッホが南フランスのサン=レミにある精神療養院に入院中に、ジャン=フランソワ・ミレーの版画に基づいて制作した連作の一つです。ミレーの農民画に感銘を受けていたゴッホは、自身の色彩感覚と奔放な筆致を通して、この主題を再解釈しました。

Eugène Boch (1890)
Eugène Boch(ウジェーヌ・ボッシュ)は、ベルギーの画家であり、ゴッホの友人でした。
この肖像画は、ゴッホがサン=レミの精神療養院に滞在中に描かれました。鮮やかな色彩と象徴的な要素が特徴的です。ボッシュの顔は、力強い線と深い色彩で描かれ、知性と憂いを帯びた表情をしています。
背景は、渦巻くような青と黄色の筆致で描かれた夜空で、まるで星のように見える点がいくつか配置されています。これは、ボッシュの詩的な魂や、ゴッホ自身の宇宙観を象徴しているとも解釈されています。ゴッホは、この肖像画を通して、単に友人の外見を描写するだけでなく、彼の内面の世界や精神性を表現しようとしたと考えられます。

Le docteur Paul Gachet (1890)
Le docteur Paul Gachet(ポール・ガシェ医師)」は、ゴッホが晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズで、彼の治療と精神的な支えとなった医師ポール・ガシェを描いた作品で、2つのバージョンが存在します。
この肖像画は、ゴッホの晩年の画風を特徴づける、激しい筆致と深い感情が強く表れています。ガシェ医師は、憂いを帯びた表情で、うつむき加減に座っており、その内面の苦悩や思索が伝わってきます。
背景や衣服の色彩は、暗く沈んだ色調が用いられていますが、ゴッホ特有のうねるような筆致が、画面に強い動きと感情的な緊張感を与えています。ガシェ医師が手に持つキツネノテブクロの花は、当時、心臓病の治療薬として用いられており、彼の職業やゴッホ自身の病状を暗示しているとも解釈されています。

Portrait de l’artiste (1890)
Portrait de l’artiste(画家の肖像)」は、フィンセント・ファン・ゴッホが1890年に描いた油彩による自画像です。これは、ゴッホが亡くなる数ヶ月前に描かれた、最晩年の自画像の一つであり、彼の精神的な苦悩と芸術への強い情熱が痛切に伝わってくる作品です。
画面全体は、激しくうねるような筆致と、暗く沈んだ色彩で覆われています。ゴッホ自身の顔は、憔悴し、苦悶に歪んだ表情で描かれ、その内面の激しい感情が直接的に伝わってきます。背景の渦巻くような筆の動きは、画家の精神的な不安定さを象徴しているとも解釈できます。
以前の自画像に見られたような明るい色彩はほとんどなく、深い緑や青、そして黄色が、重く、不安な雰囲気を醸し出しています。しかし、その中でも、画家の強い眼差しは、芸術への最後の希望や不屈の精神を物語っているようにも感じられます。
この自画像は、ゴッホの短い生涯の終焉と、その中で最後まで失われることのなかった芸術への献身を象徴する、非常に痛ましい、そして力強い作品です。

Roses et anémones (1890)
Roses et anémones(バラとアネモネ)」は、ゴッホが亡くなる数ヶ月前に描かれた、最晩年の作品の一つであり、鮮やかで生命力に満ちた色彩が印象的です。
画面には、ピンクや赤のバラと、青や白のアネモネが、緑の葉とともに花瓶に活けられています。最晩年のゴッホの作品の特徴である、太く、力強い筆致で花びらや葉が描かれ、色彩の鮮やかさと相まって、強い生命力を感じさせます。
背景は比較的シンプルですが、短い筆のタッチが、花々の鮮やかさを際立たせています。以前の作品に見られたような精神的な苦悩の影は薄く、色彩の美しさと、花々の純粋な存在感が強調されています。
アネモネは日本で言うとイチリンソウにあたるようです。

Deux fillettes (1890)
Deux fillettes(二人の少女)」は、二人の幼い少女が並んで立っている姿を描いています。
ゴッホが亡くなる年の作品であり、彼の晩年の画風が表れています。太く、力強い輪郭線と、比較的平坦な色面が特徴的です。少女たちの衣服や背景の色彩は、鮮やかでありながらも、どこか憂いを帯びた印象を与えます。

Mademoiselle Gachet dans son jardin à Auvers-sur-Oise (1890)
Mademoiselle Gachet dans son jardin à Auvers-sur-Oise(オーヴェル=シュル=オワーズの庭のガシェ嬢)」は、ゴッホが晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズで、彼の治療と精神的な支えとなったポール・ガシェ医師の娘、マルグリット・ガシェが庭で本を読んでいる姿を描いています。
ゴッホの晩年の画風が色濃く表れており、うねるような力強い筆致と、鮮やかでありながらもどこか憂いを帯びた色彩が特徴的です。マルグリットは、緑豊かな庭園の中で、物思いにふけるような表情で本を読んでおり、その内向的な雰囲気が伝わってきます。

Dans le jardin du docteur Paul Gachet (1890)
「Dans le jardin du docteur Paul Gachet(ポール・ガシェ医師の庭)」は、ゴッホが晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズにある、彼の治療と精神的な支えとなったポール・ガシェ医師の庭の風景を描いています。
ゴッホの最晩年の画風が顕著に表れており、激しくうねるような筆致と、鮮やかでありながらもどこか憂いを帯びた色彩が特徴的です。画面には、様々な花々や植物が生い茂る庭園の様子が、強い感情を込めたタッチで描かれています。

L’église d’Auvers-sur-Oise, vue du chevet (1890)
L’église d’Auvers-sur-Oise, vue du chevet(オーヴェル=シュル=オワーズの教会、後陣から)は、ゴッホが亡くなる数ヶ月前に描かれた、最晩年の重要な作品の一つです。
この作品は、ゴッホが晩年を過ごしたオーヴェル=シュル=オワーズの教会の後方(祭壇側)からの眺めを描いています。力強く、うねるような筆致と、深い青色と燃えるような黄色の対比が印象的です。教会の建物は、歪んだような力強い線で描かれ、不安定さや精神的な緊張感を伝えます。
手前の道は二手に分かれ、鑑賞者の視線を奥へと誘いますが、その先はどこにも繋がらないような印象を与えます。空は濃い青色で描かれ、不穏な雰囲気を漂わせています。
この作品は、ゴッホの精神的な苦悩や孤独感が色濃く反映されていると解釈されています。教会の荘厳さと、画家の内面の不安定さが対照的に描かれ、深い感情的な共鳴を呼び起こします。

Chaumes de Cordeville à Auvers-sur-Oise (1890)
Chaumes de Cordeville à Auvers-sur-Oise(オーヴェル=シュル=オワーズのコルドヴィルのわらぶき屋根)は、ゴッホが亡くなる直前に制作した、最晩年の風景画の一つです。
この作品は、オーヴェル=シュル=オワーズのコルドヴィル地区にある、特徴的なわらぶき屋根の家々を描いています。うねるような激しい筆致と、濃密で力強い色彩が画面全体を覆っています。黄色、緑、茶色といった色彩が複雑に絡み合い、独特の不安感と生命力を同時に感じさせます。
家々の輪郭線は力強く歪み、まるで生きているかのようにうねっています。空もまた、厚塗りの絵具が渦巻き、不安定な雰囲気を醸し出しています。ゴッホは、この風景を通して、自身の内面の感情や精神的な葛藤を投影していたと考えられます。
まとめ
いかがでしたか。
オルセー美術館には世界でも有数のゴッホのコレクションが揃っています。
(これ以上のゴッホのコレクションが見れるのは、オランダにあるゴッホ美術館位ではないでしょうか。)
ゴッホを見るためだけに訪れても十分に価値があると思います。
またセザンヌは多くの画家たちと友人であり、色んな影響を受けたり、与えたりしながら独自の世界観を築き上げて行きました。
特に、作品をとらえる視点は後のキュピズムに大きな影響を与え、ピカソへと繋がって行きます。
ポスト印象派は画風や思想に統一感はありませんでしたが、だからこそ自由に作品を製作することが出来て、その後の様々なスタイルを生み出す原動力になったのではないでしょうか。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
なお作品の解釈については、オルセー美術館公式ページを参考にさせて頂いております。
お時間のある方は合わせてご覧になってみてください。
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