バロック美術の巨匠、ピーテル・パウル・ルーベンス。
彼の作品は、ダイナミックな構図、豊かな色彩、そして躍動感あふれる人物描写で、見る者を圧倒します。
(フランダースの犬をご存知の方であれば、最後の場面、教会に飾られている絵を描いた画家だと思いだされることでしょう。)
また、彼の功績は作品はだけでなく、アントワープという街をヨーロッパ芸術の中心地の一つとして発展させたことです。
この記事では、ルーベンスを中心に、フランドル・バロックの時代背景、特徴、そして代表的な画家たちについて解説します。
フランドル・バロックとは?:ルーベンスが牽引した黄金時代
「フランドル・バロック」は、17世紀のフランドル地方(現在のベルギーを中心とした地域)を中心に栄えた美術様式です。
ルーベンスを中心に、ヴァン・ダイク、ヨルダーンスなど、数々の才能ある画家たちが活躍し、華麗でダイナミックな作品を数多く残しました。
フランドル・バロックの特徴:多様なジャンルとコラボレーション
コラボレーション
多くの画家たちは独立したマスターの工房で作品を制作していました。
そのため、多くのマスターが協力して一つの作品を作り上げていました。
これはそれぞれのマスターが得意な専門的な分野を中心に作品を描いていたことも影響しています。
ヤンブリューゲルは植物、風景、特に花を中心に描いていて、フランス・スナイデルスは動物を中心に描いていました。
ダイナミックな構図と豊かな色彩
バロック特有のダイナミックな構図と、ルーベンスが得意とした豊かな色彩が特徴的です。
劇的な明暗表現
光と影のコントラストを強調することで、劇的な効果を生み出しました。
歴史画
フランドルの歴史画は、アブラハム・ヤンセンス ⇒ ルーベンス ⇒ ヤーコブ・ヨルダーンスと受け継がれていきます。
宗教画
ルーベンスを中心に、祭壇画にも積極的に取り組んでいます。
ジャンル絵画
多くの画家が、日常の生活シーンを描くようになりました。
素朴な日常、酒場・飲酒のシーン、ゲームに興じるシーン、上流階級のシーン、ミュージシャン、喧嘩のシーンなど多岐に渡ります。
風景画
ヨアヒム・パティニール(ルネサンス)など、それまでフランドルの画家が描いていた風景画とは違い、より自然な風景画を描くようになりました。
静物画と動物画
ブリューゲルに代表されるような花の絵や、朝食や宴会のテーブルに置かれた食べ物、または調理前の動物のようすなどの静物画も多く描かれるようになりました。
また、狩猟のシーンなども描かれるようになりました。
フランドル・バロックの時代背景:80年戦争とアントワープの繁栄
80年戦争(1568年~1648年)
- スペインからの独立を求めたオランダとの間で、80年にも及ぶ戦争が繰り広げられました。
アントワープの繁栄
- 貿易拠点として栄えたアントワープは、芸術のパトロンとなる富裕層が多く、芸術家たちの活動を支援しました。
年表
1568年、フェリペ2世に対する反乱、80年戦争が始まる。(プロテスタントとカトリックの対立)
1581年、ハーグ法により、北部の7州が連合州を結成。
南部10州はハプスブルク家の支配下に置かれる。
これは、プロテスタントに傾倒した北部7州と、カトリックのままであった南部10州の分裂。
1581年、Stille beeldenstorm(スティル・ビルダーシュトゥルム)と呼ばれる偶像破壊運動が、アントワープで行われる。
1600年~1608年、ルーベンス、イタリアで過ごす。
1600年頃、ヤン・ブリューゲルなどにより、花の静物画が描かれるようになる。
1635年~1659年、フランス・スペイン戦争
1640年、ルーベンス死去。
以下すべてフランス、ルイ14世との戦争
1667年~1668年、ネーデルランド継承戦争
1672年~1678年、仏蘭戦争
1688年~1697年、大同盟戦争
1700年、シャルル2世死去。
出典:ウィキペディア Flemish Baroque painting
代表画家
ヨース・デ・モンペル (Joos de Momper the Younger, 1564-1635)
- マニエリスム期の画家。
- 風景画家として知られ、幻想的でパノラマのような風景画を多く手がけました。
- 代表作:「山岳風景」
ルイ・ドゥ・キャレリー(Louis de Caullery, 1580-1621)
- マニエリスム期の画家。
- 宮廷画家として活躍し、祝祭や儀式の場面を描いた作品を多く残しました。
- 代表作:「宮廷の祝祭」
オットー・ファン・フェーン (Octavius Vaenius, 1556-1629)
- マニエリスム期の画家。
- ルーベンスの師として知られ、宗教画や寓意画を制作しました。
- 代表作:「インファンタ・イサベル・クララ・エウヘニアの肖像」
マールテン・ド・フォス (Marten de Vos, 1532-1603)
- マニエリスム期の画家。
- アントワープで活躍し、宗教画や歴史画を多く手がけました。
- 代表作:「カナの婚礼」
トビアス・フェルハーフト (Tobias Verhaecht 1561–1631)
- マニエリスム期の画家。
- ルーベンスの師の一人であり、風景画家として知られています。
- 代表作:風景画の数々
アダム・ファン・ノールト (Adam van Noort, 1561/1562–1641)
- マニエリスム期の画家。
- ルーベンスの師の一人であり、歴史画や肖像画を制作しました。
- 代表作:「聖ルカ組合の祭壇画」
セバスチャン・ヴランクス(Sebastiaen Vrancx, 1573-1647)
- 風景画や歴史画を制作しました。
- 特に軍事的な場面を描いた作品で知られています。
- 代表作:「強盗に襲われる馬車」
ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577-1640)
- バロック期のフランドル派を代表する画家。
- 宗教画、神話画、肖像画など幅広い分野で活躍し、ダイナミックで官能的な作品を多く残しました。
- 代表作:「キリスト降架」「マリー・ド・メディシスの生涯」
コルネリス・ド・フォス(Cornelis de Vos, 1584-1651)
- ルーベンスの同僚であり、肖像画家として知られています。
- 家族の肖像画を多く手がけました。
- 代表作:「画家の家族の肖像」
ヤーコブ・ヨルダーンス (Jacob Jordaens、1593-1678)
- ルーベンスの弟子であり、バロック期のフランドル派を代表する画家の一人です。
- 神話画や風俗画を多く手がけ、豊かな色彩と力強い表現が特徴です。
- 代表作:「豆の王様の宴」「サテュロスと農夫」
エラスムス・ケリン・ザ・ヤンガー(Erasmus Quellin the Younger, 1607-1678)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 祭壇画や歴史画を多く手がけ、ルーベンスの影響を受けました。
ヤン・コシエ(Jan Cossiers, 1600-1671)
- バロック期のフランドル派の画家。
- カラヴァッジョの影響を受け、風俗画や宗教画を制作しました。
ポール・ブリル(Paul Bril, 1554-1626)
- マニエリスム期の画家。
- ローマで活躍し、風景画家として知られています。
- 代表作:「トロイアのアエネアスの風景」
ヤン・スネリンク(Jan Snellinck, 1548-1638)
- 歴史画家として知られています。
- 戦闘シーンなどを描いた作品を多く残しました。
アブラハム・ヤンセンス (Abraham Janssens, 1567-1632)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 歴史画や宗教画を制作し、ルーベンスの先駆者として知られています。
ニコラ・レニエ(Nicolas Regnier, 1588-1667)
- フランドル出身の画家。
- イタリアで活躍し、カラヴァッジョの影響を受けた作品を制作しました。
ルイ・フィンソン(Louis Finson, 1574-1617)
- フランドル出身の画家。
- イタリアで活躍し、カラヴァッジョの影響を受けた作品を制作しました。
ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel de Oude 1525-1530-1569)
- ルネサンス期のフランドル派を代表する画家。
- 農民や風景などを題材とした風俗画や風景画を多く残しました。
- 代表作:「農民の婚宴」「雪中の狩人」
ピーテル・ブリューゲル (子)(Pieter Brueghel de Jonge, 1564/1565-1636)
- ピーテル・ブリューゲルの息子であり、父の作品を模写した作品を多く制作しました。
ヤン・ブリューゲル(Jan Brueghel de Oude, 1568–1625)
- ピーテル・ブリューゲルの息子であり、花の絵や風景画を多く手がけました。
- 代表作:「花のブーケ」
ヤン・ブリューゲル (子) (Jan Brueghel de Jonge; 1601–1678)
- ヤン・ブリューゲルの息子であり、父と同じく花の絵や風景画を多く手がけました。
ヘンドリック・ファン・バーレン (Hendrik van Balen, 1575–1632)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 神話画や宗教画を多く手がけ、ルーベンスの師として知られています。
フランス・スナイデルス(Frans Snyders,1579-1657)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 動物画や静物画を多く手がけ、特に狩りの場面を描いた作品で知られています。
- ルーベンスと共同制作も行いました。
- 代表作:「市場の風景」
ジャンフィット(Jan Fyt, 1611-1661)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 動物画や静物画を多く手がけ、特に狩りの場面や獲物を描いた作品で知られています。
- スナイデルスの弟子であり、その様式を受け継ぎました。
- 代表作:「狩りの獲物と犬」
ピーター・ボエル(Pieter Boel,1622-1674)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 動物画や静物画を多く手がけ、特に鳥や魚を描いた作品で知られています。
- フランスの王立絵画彫刻アカデミーの会員でした。
- 代表作:「動物のいる静物」
アントワーヌ・ヴァン・ダイク(Antoine van Dyck、1599-1641)
- バロック期のフランドル派を代表する画家。
- 肖像画家として知られ、イギリスの宮廷画家として活躍しました。
- 代表作:「チャールズ1世騎馬像」
ダフィット・テニールス (子)(David Teniers de Jonge, 1610-1690)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 風俗画や風景画を多く手がけ、農民の生活や祭りの場面などを描いた作品で知られています。
- 代表作:「聖アントニウスの誘惑」
アントワーヌ・ゴーボー(Antoine Goubeau, 1616-1698)
- バロック期のフランドルの画家。
- 風俗画や風景画を多く手がけ、市場や宿屋の場面などを描いた作品で知られています。
- 代表作:「宿屋の場面」
ニコラ・デ・ラルギリエール(Nicolas de Largillierre, 1656-1746)
- バロック期のフランスの画家。
- 肖像画家として知られ、貴族や聖職者などの肖像画を多く手がけました。
- 代表作:「自画像」
ジャン・バプティスト・モンノイエ(Jean-Baptiste Monnoyer, 1636-1699)
- バロック期のフランスの画家。
- 花の絵を専門とし、宮廷画家として活躍しました。
- 代表作:「花瓶の花」
ガスパー・ドゥ・クレイヤ(Gaspar de Crayer, 1584-1669)
- バロック期のフランドルの画家。
- 歴史画や宗教画を多く手がけ、ルーベンスの影響を受けました。
- 代表作:「聖アウグスティヌスの奇跡」
テオドア・ボエイヤーマンズ(Theodor Boeyermans, 1620-1678)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 歴史画や寓意画を多く手がけ、アントワープで活躍しました。
- 代表作:「アントワープ市の栄光」
ヤン・ベックホルスト(Jan Boeckhorst, 1604-1668)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 歴史画や宗教画を多く手がけ、ルーベンスの影響を受けました。
トーマス・ウィルボワーツ(Thomas Willeboirts Bosschaert, 1613-54)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 歴史画や神話画を多く手がけ、ヴァン・ダイクの影響を受けました。
ピーター・ヴァン・エイボント(Pieter van Avont, 1600-1652)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 神話画や寓意画を多く手がけ、ルーベンスの工房で働きました。
ピーター・ヴァン・モル(Pieter van Mol, 1599-1650)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 歴史画や宗教画を多く手がけ、フランスでも活躍しました。
フランシスカス・ギスブレヒト(Franciscus Gysbrechts, 1649-1676)
- バロック期のフランドル派の画家。
- トロンプ・ルイユ(だまし絵)の静物画を専門とし、特にヴァニタス(虚栄)の寓意を描いた作品で知られています。
クリストフェル・ファン・デル・ラーン(Christoffel Jacobsz van der Laemen, 1607-1651)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 風俗画を専門とし、宴会や音楽の場面などを描いた作品で知られています。
ヒエロニムス・ジャンセン(Hieronymus Janssens, 1624-1693)
- バロック期のフランドル派の画家。
- 風俗画を専門とし、宮廷の宴会や舞踏会などを描いた作品で知られています。
※ 分類が違う場合もあります。
フランドルバロック以外の画家が含まれている場合もあります。
カタカナ表記に関して実際の発音と異なる場合もあります。
人物相関図


★ご利用の注意点★
上の代表画家の相関図です。
青い矢印は師弟関係を表していますが、実際はその関係がはっきりしていなかったり、ワークショップで働いたことがあるだけであったりします。
情報は英語版、フランス語版ウィキペディアを参考に製作しています。
まとめ
「フランドル・バロック」についてご紹介させて頂きましたが、この時代は、何と言っても「ルーベンス」が中心となります。
ルーベンスは、画家としてだけでなく、外交官としても活躍しました。
ヨーロッパ各国の宮廷を訪れ、芸術を通じた外交交渉にも貢献しました。
また、彼のアトリエは多くの弟子を育成し、フランドル・バロックの発展に大きく貢献しました。
ルーベンスの作品は、世界中の主な美術館に展示されていますが、パリに行かれる方は、ルーブル美術館にルーベンスの間がありますので、ぜひ訪れてみてください。
ルーベンス以外であれば、「アントワーヌ・ヴァン・ダイク」も非常に重要な画家です。
ヴァンダイクは、フランドルだけでなく、イタリア、そしてロンドンにも滞在し活躍しました。
その他にも「ブリューゲル家」も多くの功績を残していますし、「ヤーコブ・ヨルダーンス」などもルーベンスの跡を継いで活躍した画家です。
他にもキリがないほどの素晴らしい画家が誕生した時期であり、それぞれの作品や、画家のつながりを見ていると飽きることなく楽しめると思います。
バロック期に最も素晴らしい作品を生み出しのは、「フランドル・バロック」だと個人的には思っています。
他の国のバロック期と比較すると、より一層「フランドル・バロック」の魅力がわかると思います。
なお、「バロック」以降、芸術の中心地は徐々に「フランス・パリ」へと移行していきます。
- 古典主義・フランス:ルイ14世スタイルの誕生
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
西洋美術史の全体像は年表でご紹介させて頂いております。
合わせてご覧頂くと時代の流れが理解しやすくなると思います。
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