今回ご紹介させて頂くのは、オルセー美術館、アカデミック芸術コレクション。
印象派のコレクションが有名なオルセー美術館ですが、アカデミズムの名作が多数展示されていることでも知られています。
教科書などにもよく登場するような作品を多数見ることが出来るので、アカデミック芸術が苦手な方もぜひ鑑賞してみてください。
- アカデミック芸術とは
- Jean-Auguste-Dominique Ingres (1780-1867)
- Auguste-Barthélemy Glaize (1807-1893)
- Paul Chenavard (1807-1895)
- Amaury-Duval (1808-1885)
- Ernest Meissonier (1815-1891)
- Thomas Couture (1815-1879)
- Ernest Hébert (1817-1903)
- François Léon Benouville (1821-1859)
- Alexandre Cabanel (1823-1889)
- Jean-Léon Gérôme (1824-1904)
- Gustave Boulanger (1824-1888)
- William Bouguereau (1825-1905)
- Émile Lévy (1826-1890)
- Louis-Marie Baader (1828-1920)
- Paul Baudry (1828-1886)
- Jules-Élie Delaunay (1828-1891)
- Jules Lefebvre (1834-1912)
- Henri Fantin-Latour (1836-1904)
- Tony Robert-Fleury (1837-1911)
- Henri-Léopold Lévy (1840-1904)
- Henri Regnault (1843-1871)
- Fernand Pelez (1843-1913)
- Pierre-Adrien-Pascal Lehoux (1844-1896)
- Joseph Blanc (1846-1904)
- Guillaume Dubufe (1853-1909)
- André Devambez (1867-1944)
- まとめ
アカデミック芸術とは
アカデミック芸術は1563年イタリア、フィレンツェにマニエリスムの画家、ジョルジョ・ヴァザーリがAccademia delle Arti del Disegno(現在のフィレンツェ美術学校)が始まりと言われています。
フランスでは、1648年にローマにあった、Accademia nazionale di San Lucaをまねて、画家、Charles Le Brun主導の下、Académie royale de peinture et de sculpture(王立絵画彫刻アカデミー)が設立されました。
1661年、ルイ14世の介入により、組織が再編されてからは、会員の間での論争が起こるようになります。
その論争は、ルーベンスとプッサンのどちらを手本にするべきかというものでした。
これはルーベンスの知性に訴える線か、プッサンの感情に訴える色か、より重要なのはどちらかというものでした。
19世紀初頭には再び、アングル(新古典主義)とドラクロワ(ロマン主義)が同様の対立を生むようになります。
19世紀後期には、この対立を統合しようとする動きが表れ、ブグローやトマ・クチュールなどが両者は同じことだという主張をし始めました。
またアカデミズムは作品のテーマによりランク付けがされるようになり、歴史画を頂点とし、風俗画、肖像画、静物画、風景画の順で評価されるようになっていました。
19世紀末から20世紀前半にかけ、社交界と結びつき、サロンには2か月で50万人の人が訪れるなど、最盛期を迎えるようになりました。
サロンが好評になればなるほど、落選する画家たちが増え、その後、サロンに認められなかった画家たちが新しい発表の場を求めて、印象派展などが開催されるようになっていきました。
出典:ウィキペディア アカデミック美術より引用
Jean-Auguste-Dominique Ingres (1780-1867)
La Vierge adorant l’hostie (1854)
こちらの作品はGoogleのポリシー違反に該当する可能性があるため掲載を控えさせて頂いております。
La Source (1856)
アカデミズムの正統派、新古典主義を代表する画家でもあるドミニク・アングル。
ジャック・ルイ・ダヴィッドの弟子になります。
ドラクロワを中心としたロマン主義とは対立関係にありました。
(対立と言うよりは嫌悪していました)
作品は1820年ごろから描き始められ、完成したのが1856年と言われています。
女性のポーズは、アングルが好んで描いたポーズで、理想的な美を表現するのに最適だと考えていたようです。
アングルが描いた数多くの女性の作品の中で、最も写実的であり評価の高い作品ですが、写実的に描かれている、デフォルメされていない作品はこの作品位なので、アングル自身が描きたかった作品かどうかは不明なようです。
Auguste-Barthélemy Glaize (1807-1893)
Les femmes gauloises : épisode de l’invasion romaine (1851)
この作品は、紀元前1世紀にカエサルがフランスの領土を支配するのを確立した有名なシーンです。
Paul Chenavard (1807-1895)
Divina Tragedia (1865-69)
ドミニク・アングル、ドラクロワの影響を受けた画家です。
作品は1869年のサロンに出品され、様々な批判を浴びました。
ボードレールには辛辣な評価をされています。
Amaury-Duval (1808-1885)
La salutation angélique (1860)
ドミニク・アングルの弟子になります。
フランスにおける、ラファエル前派になります。
Ernest Meissonier (1815-1891)
Campagne de France (1864)
フランスの画家であり、彫刻家です。
軍事的なシーンの作品を多く描いています。
Thomas Couture (1815-1879)
Romains de la décadence (1847)
アカデミズムの画家、トマ・クチュール。
ポール・ドゥ・ラ・ロッシュの弟子になります。
ローマ賞では1837年の2位が最高位でしたが、1847年、サロンに出品したこの作品が金賞を受賞し高い評価を受けました。
ローマ帝国の退廃を描いています。
Ernest Hébert (1817-1903)
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La fille aux joncs (1871)
1839年にローマ賞を受賞しました。
当時は大変有名な画家であり、数多くの肖像画を描いています。
François Léon Benouville (1821-1859)
Martyrs chrétiens entrant à l’amphithéâtre (1855)
フランソワ=エドゥアール・ピコ、レオン・コニエの弟子になります。
Alexandre Cabanel (1823-1889)
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La naissance de Vénus (1863)
アカデミズムを代表する画家の一人、アレクサンドル・カバネル。
幼少期から絵画の才能があり、その名声は生涯尽きることがありませんでした。
フランス国内だけでなく、海外からも多くの注文を受けていました。
La naissance de Vénus(ヴィーナスの誕生)は、1863年サロンに出品され、ナポレオン三世が購入した作品です。
教科書などにもよく掲載されているので、一度は目にしたことのある方も多いと思います。
カバネルの評判を不動のものとした作品です。
1863年は、フランスの美術史の中でも重要な年となっています。
カバネルが大絶賛を浴びたサロンとは対照的に、サロンに出品出来なかった作品を集めた、「落選者のサロン」が初めて開催されました。
これにはマネの「草上の昼食」が出品されていました。
当時は同じようなヌードの作品も、描き方や題材によってかなり評価が分かれていました。
この「落選者のサロン」が後の「印象派展」へと繋がって行きます。
Jean-Léon Gérôme (1824-1904)
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Jeunes Grecs faisant battre des coqs dit aussi Un combat de coqs (1846)
アカデミズムの流れの正統とも言える画家、ジェローム。
新古典主義の流れをくむ巨匠であります。
当時のフランス国家の意を汲んだ作品を作っていました。
反印象派としても有名です。
作品は、1847年のサロンで銅賞を獲得しました。
ジェロームの名を世に知らしめる最初の作品となっています。
Réception de Condé à Versailles (1878)
1674年、ヴェルサイユの大階段で、オランダ戦争で功績のあった、Louis II de Bourbon-Condéを迎える場面です。
Gustave Boulanger (1824-1888)
Répétition du “Joueur de flûte” et de la “Femme de Diomède” chez le prince Napoléon (1861)
1849年にローマ賞を受賞しました。
William Bouguereau (1825-1905)
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Naissance de Vénus (1879)
19世紀末、フランスで最も活躍した画家の一人です。
1850年にローマ賞を獲得します。
1850年代後半から彼の作品が急速に評価されていきます。
西洋絵画史の中でも、トップクラスの実力を持っていたブグローですが、彼の死後は忘れられた画家となり、再評価されるまで約100年ほど待たなくてはなりませんでした。
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Les Oréades (1902)
作品は、山や森、谷や洞窟にいるとされるNymphe(ニンフ)を描いています。
Egalité devant la mort (1848)
「死の前の平等」という作品ですが、23歳の時に描いた作品です。
凄いとしか言いようがないですね。
Émile Lévy (1826-1890)
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Mort d’Orphée (1866)
1854年にローマ賞を受賞しました。
作品は、ギリシャ神話に登場する詩人、オルフェの死を描いています。
Louis-Marie Baader (1828-1920)
Le Remords (1875)
ホメロスの叙事詩「イーリアス」に登場するミケーネの王、アガメムノンの息子オレステスのエピソードを描いています。
Paul Baudry (1828-1886)
Charles Garnier (1868)
第二帝政時代を代表する画家です。
作品は、パリオペラ座などを設計した、シャルル・ガルニエの肖像画です。
Le petit saint Jean (1860)
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La Vérité (1879)
Jules-Élie Delaunay (1828-1891)
こちらの作品はGoogleのポリシー違反に該当する可能性があるため掲載を控えさせて頂いております。
Diane (1872)
1856年、ローマ賞を受賞しています。
ギュスターヴ・モローの友人でもあります。
(そう言われるとモローの雰囲気があります)
作品は、1872年国家買い上げになりました。
Peste à Rome (1869)
1857年、ローマ留学中に、Vincoli にあるサンピエトロ大聖堂を訪れた際に、疫病の流行を描いたフレスコ画を見て描いた作品と言われています。
この作品を描いた時は、疫病が脅威となっていなかったので、物語の例えでそれを表現しようとしました。
ジェノバの大司教であったJacques de Voragine(1228-1298)が書いたLa Légende dorée(黄金伝説)から聖セバスチャンの物語を題材を取り上げています。
槍を持った天使は悪い天使で、赤い衣装をまとった天使は善の天使です。
背景には疫病で倒れた人々や、十字架を持って行進する人々などが描かれていますが、生と死、キリスト教と異教徒の問題などを描いていると言われています。
Jules Lefebvre (1834-1912)
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La Vérité (1870)
肖像画、女性のヌードを描いた画家です。
Henri Fantin-Latour (1836-1904)
Hommage à Delacroix (1864)
ドガの友人であったラトゥール。
リアリズムに分類される画家で、肖像画、静物画が多いですが、アカデミズムな作品も描いています。
また、写真に非常に興味がありました。
この作品は、1864年にサロンに出品された作品であり、ドラクロワへのオマージュと言うことで、中央にドラクロワの肖像画が描かれています。
ドラクロワを中心に、ボードレールやマネなどが描かれています。
前列、座っている人(左から):Louis Edmond Duranty、 Fantin-Latour lui-même,、Champfleury 、Charles Baudelaire。
立っている人(左から):Louis Cordier 、Alphonse Legros、James Whistler、Édouard Manet, Félix Bracquemond、Albert de Balleroy。
Tony Robert-Fleury (1837-1911)
Le dernier jour de Corinthe (1867-70)
アカデミージュリアンで教授を務め、多くの弟子(生徒)に教えた画家です。
作品は、ギリシャのコリントスがローマ軍により陥落された場面です。
Henri-Léopold Lévy (1840-1904)
Sarpédon (1874)
エドゥアール・ピコ、ウジェーヌ・フロマンタン、カバネルという非常に有名な画家の弟子になります。
作品はギリシャ神話のサルペドンを描いています。
Henri Regnault (1843-1871)
Scène historique (1866)
カバネルの弟子であり、1866年にローマ賞を受賞しました。
普仏戦争に加わり、27歳の若さで亡くなりました。
Juan Prim, 8 octobre 1868 (1869)
スペインの革命時の英雄、フアン・プリムを描いた作品です。
Henri Regnault自身がスペインを旅行中に目撃したことにより描いたそうです。
Exécution sans jugement sous les rois maures de Grenade (1870)
スペインに行った時に、現地の人から聞いた伝説を描いた作品と言われています。
Fernand Pelez (1843-1913)
La mort de Commode (1879)
カバネル、アドルフ・イヴォンの弟子になります。
作品は、ローマ皇帝、コンモドゥス暗殺のシーンになります。
Pierre-Adrien-Pascal Lehoux (1844-1896)
Saint Lawrence, Martyr (1874)
カバネルの弟子にあたる画家です。
作品は聖ローレンスの殉教について描かれています。
Joseph Blanc (1846-1904)
Persée (1869)
エコール・デ・ボザールの教授でもありました。
Guillaume Dubufe (1853-1909)
Esquisse du plafond du foyer de la Comédie Française, à Paris (1885)
芸術一家で育った画家で、ジョセフ・マゼロレ、カバネルの指導を受けています。
André Devambez (1867-1944)
Le seul oiseau qui vole au-dessus des nuages (1910)
アカデミズムで学んだ画家です。
現代の生活のシーンを描いています。
作品は、1909年にウィーンの大使館用に依頼された作品の一つです。
おそらくこの作品をきっかけに航空機に関して興味を持つようになりました。
1934年には、航空省の公式画家になります。
まとめ
いかがでしたか。
アカデミック芸術が苦手な方にも少しは楽しんで頂けたでしょうか。
印象派は好きだけど、アカデミックな作品はどうも今一つ楽しめないという方も多いと思います。
(かく言う私もずっとそうでした)
しかし沢山の美術館を巡っているうちに、今ではすっかりアカデミズムにはまっています。
個人的な見解ですが、日本でアカデミック芸術がもう一つ人気が出ない理由の一つとして、作品のテーマが神話や宗教的なものが多く、何について描かれているのか分からないということがあると思います。
(確かに聖書やギリシャ神話を知っているとより作品を楽しむことが出来ると思いますが、そのすべてを読んで理解するのは、欧米の方でも困難だと思います。)
とりあえずは気になる作品の背景(テーマや時代)を簡単に調べてみるのはいかがでしょうか。
作品のテーマが分かり、どのシーンを描いているのかが分かると、画家がどのような解釈でその作品を描いたのかが見えてくると思います。
これだけでも楽しさは倍増すると思いますが、作品に描かれるテーマというのは無数にありそうで実は限られているのです。
様々な画家が同じテーマで作品を描いているので、それを調べて比べて見ると画家によって解釈や表現が違っていたりします。
そんなポイントに注目しながら鑑賞するとさらに作品を楽しむ幅が広がっていくと思います。
(さらに興味が湧いて、もっと専門的に楽しみたい方は、描き方や色の使い方など技術的な部分に焦点をあてていくのも良いかと思います。)
当ブログをきっかけに少しでもアカデミック美術に興味を持って頂けたら幸いです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
なお作品の解釈については、オルセー美術館公式ページを参考にさせて頂いております。
お時間のある方は合わせてご覧になってみてください。
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