17世紀、ヨーロッパ美術はルネサンスの均衡と調和から、より劇的で感情豊かなバロックへと移行しました。
イタリアから始まったバロックですが、すぐにヨーロッパ各地に広まりました。
その後、絵画にとどまらず、彫刻や建築、文学や音楽の分野にまで広がった一大運動となって行きます。
この記事では、バロック美術の発祥地であるイタリアに焦点を当て、その特徴、代表的な画家たち、そして彼らの人間関係を紐解きます。
バロックとは?:いびつな真珠から生まれた劇的な芸術
「Baroque (バロック)」とは、ポルトガル語の「barroco(真珠などのいびつな形のこと)」から来ていると言われています。
(その他諸説あります)
時期は1580年頃から1740年あたりまでになります。
起源はミケランジェロと言われています。
バロックは宗教改革(プロテスタント)に対抗するためにカトリックが主導して発展したと言われています。
(そもそも芸術家をサポートしていたのは主にカトリックが中心となっていました)
プロテスタントのシンプルな建築や芸術に対して、劇的な様相で差別化を図ったと言われています。
実際にローマの街はこの時期にかなり変わっています。
貴族にとってもバロックは、特に建築の分野において、劇的な効果のあるものとして積極的に取り入れられました。
その効果は、前庭、控えの間、大階段、応接間から構成されていて、進むにつれて豪華になってゆくというものでした。
出典:ウィキペディア バロック より
バロック美術の特徴:光と影、感情の爆発
- 構図とバランス
- 円ではなく楕円が構成の中心となる。
- 全体のバランスは軸によって決められる。
- 光と劇的表現(キアロスクーロ)
- 光のコントラストを強調し、明暗の差を活かす。
- 躍動的なディテールや壮大な演出が重視される。
- 作品の中央やテーマ部分に光を当て、ドラマティックな効果を生む。
- 人体表現
- コントラポスト(傾いた姿勢)が重要視される。
- 人物の表情はより豊かに描かれ、感情表現が強調される。
- 色彩
- 赤、青、黄色の原色を近くに配置し、視覚的なインパクトを強める。
- 物語性と寓意
- 絵画に寓話的要素やストーリー性を持ち込み、観る者にメッセージを伝える。
バロック美術の時代背景:宗教改革とカトリックの反撃
バロック期のイタリアは、歴史的に非常に厳しい時期でした。
イタリア戦争(1494-1559)の終結後、イタリアは神聖ローマ帝国の支配下に入り、その後、神聖ローマ帝国の解体に伴い、特にハプスブルク家を中心とするスペインの支配下に置かれました。
この時期、ヨーロッパの貿易の中心地が地中海から大西洋へと移動し、イタリアの経済的な地位が相対的に低下しました。
一方で、カトリック教会は宗教改革による影響を受け、勢力を失いつつありました。
この危機感の中で、カトリック教会はプロテスタントの広がりに対抗するため、異端者に対する締め付けを強化し、芸術を用いたプロパガンダを推し進めました。
バロック美術は、このカトリックの「反宗教改革(対抗宗教改革)」の一環として発展し、宗教的な感情を強調し、人々の信仰心を高める目的で制作されました。
さらに、オスマン帝国(トルコ)との戦いによる消耗もイタリアにとって大きな負担となりました。
特に1571年のレパントの海戦では、スペイン・ヴェネツィア・ローマ教皇庁を中心とするキリスト教連合軍がオスマン帝国に勝利しましたが、その後も地中海地域での緊張は続きました。
代表画家
ティツィアーノ(Titian 1488/1490-1576)
- ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する画家。
- 豊かな色彩と大胆な筆遣いで、肖像画、宗教画、神話画など幅広い分野で活躍しました。
- 代表作:「聖愛と俗愛」「ウルビーノのヴィーナス」
シモーネ・ペテルツァーノ (Simone Peterzano 1535–1599)
- マニエリスム期の画家。
- カラヴァッジョの師として知られています。
- ミラノで活躍し、宗教画などを制作しました。
カラヴァッジョ( Michelangelo Merisi da Caravaggio、1571-1610)
- バロック初期の画家。
- 劇的な明暗対比(キアロスクーロ)と写実的な表現で、宗教画に革新をもたらしました。
- 代表作:「聖マタイの召命」「聖ペテロの否認」
オラツィオ・ジェンティレスキ(Orazio Lomi Gentileschi, 1563-1639)
- カラヴァッジョの影響を受けた画家。
- 娘のアルテミジア・ジェンティレスキも有名な画家です。
- 代表作:「ダビデとゴリアテ」
ジャコモパルマ・イル・ジョーヴァネ (Jacopo Palma il Giovane, 1549-1628)
- ヴェネツィア派の画家。
- ティツィアーノやティントレットの影響を受け、宗教画や寓意画などを制作しました。
アンドレア・ポッツォ (Andrea Pozzo, 1642-1709)
- バロック期の画家、建築家。
- 天井画の遠近法を用いた壮大な錯視画で知られています。
- 代表作:サンティニャツィオ教会の天井画
フランチェスコ・マリア・リッチーニ(Francesco Maria Richini,1584-1658)
- バロック期の建築家。
- ミラノを中心に活躍し、教会や宮殿などを設計しました。
バルトロメオ・パッサロッティ(Bartolomeo Passerotti, 1529-1592)
- マニエリスム期の画家。
- ボローニャ派の画家であり、風俗画や肖像画を制作しました。
- 解剖学的な知識に基づいた写実的な描写が特徴です。
- 代表作:「肉屋の店」「自画像」など。
プロスペロー・フォンターナ(Prospero Fontana, 1512-1597)
- マニエリスム期の画家。
- ボローニャ派の画家であり、多くの弟子を育成し、ボローニャ派の発展に貢献しました。
- 代表作:ボローニャのパラッツォ・ポッジョのフレスコ画など。
デニス・カルバート(Denis Calvaert, 1540-1619)
- フランドル出身の画家。
- ボローニャで活動し、イタリア絵画の影響を受けました。
- グイド・レーニ、ドメニキーノ、アルバーニを育成しました。
フランチェスコ・アルバーニ (Francesco Albani, 1578-1660)
- バロック期の画家。
- カラッチ派の画家であり、神話画や寓意画を多く手がけました。
- 優美な人物描写と明るい色彩が特徴です。
アンドレア・サッキ (Andrea Sacchi, 1599-1661)
- バロック期の画家。
- ローマ派の画家であり、古典主義的な作風で知られています。
- 宗教画や寓意画を多く手がけました。
カルロ・マラッタ(Carlo Maratta, 1625-1713)
- バロック期の画家。
- ローマ派の画家であり、古典主義的な作風で知られています。
- 宗教画や肖像画を多く手がけ、当時のローマで最も影響力のある画家の一人でした。
アンニーバレ・カラッチ(Annibale Carracci, 1560-1609)
- バロック初期の画家。
- カラッチ派の創始者の一人であり、ボローニャ派の発展に貢献しました。
- 宗教画や神話画を多く手がけ、自然主義的な描写と力強い表現が特徴です。
アゴスティーノ・カラッチ(Agostino Carracci、1557-1602)
- バロック初期の画家。
- アンニーバレ・カラッチの兄であり、カラッチ派の創始者の一人です。
- 版画家としても活躍し、多くの作品を残しました。
ルドヴィコ・カラッチ(Ludovico Carracci 1555-1619)
- バロック初期の画家。
- アンニーバレ・カラッチ、アゴスティーノ・カラッチの従兄弟であり、カラッチ派の創始者の一人です。
- 宗教画や祭壇画を多く手がけ、穏やかで敬虔な雰囲気が特徴です。
グイド・レーニ(Guido Reni, 1575-1642)
- バロック期の画家。
- カラッチ派の画家であり、古典主義的な作風で知られています。
- 宗教画や神話画を多く手がけ、優美な人物描写と繊細な色彩が特徴です。
チェザーレ・バリオーニ(Cesare Baglioni, 1525-1590)
- マニエリスム期の画家。
- ボローニャ派の画家であり、宗教画や肖像画を制作しました。
レオネッロ・スパーダ(Leonello Spada, 1576-1622)
- バロック初期の画家。
- カラヴァッジョの影響を受け、劇的な明暗対比(キアロスクーロ)を用いた作品を制作しました。
- 宗教画や風俗画を多く手がけました。
パドバニーノ (Padovanino,1588-1649)
- ヴェネツィア派の画家。
- 本名はアレッサンドロ・ヴァロターリ。
- ティツィアーノの影響を受け、神話画や寓意画を多く手がけました。
- ヴェネツィアのサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の天井画などで知られています。
ジローラモフォラボスコ (Girolamo Forabosco, 1605-1679)
- ヴェネツィア派の画家。
- 肖像画家として知られています。
- 官能的な女性像を多く手がけました。
フランチェスコ・ローザ(Francesco Rosa, -1687)
- バロック期の画家。
- ヴェネツィア派の画家。
- ヴェネツィアで活躍し、宗教画や寓意画を制作しました。
グレゴリオ・ラザリーニ (Gregorio Lazzarini, 1657-1730)
- ロココ期の画家。
- ヴェネツィア派の画家。
- ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの師として知られています。
- ヴェネツィアで活躍し、宗教画や神話画を制作しました。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(Giovanni Battista Tiepolo,1696-1770)
- ロココ期のヴェネツィア派を代表する画家。
- 壮大で装飾的なフレスコ画で知られています。
- ヴェネツィア、ヴュルツブルク、マドリードなどで活躍し、宮殿や教会の天井画などを手がけました。
- 代表作:「ヴュルツブルク司教館の天井画」「マドリード王宮の天井画」
アンドレア・コモディ (Andrea Commodi, 1560-1638)
- バロック初期の画家。
- カラヴァッジョの影響を受け、劇的な明暗対比(キアロスクーロ)を用いた作品を制作しました。
- ローマで活躍し、宗教画や神話画を手がけました。
ピエトロ・ダ・コルトーナ(Pierre de Cortone, 1596-1669)
- バロック期の画家、建築家。
- ローマで活躍し、壮大で装飾的なフレスコ画や祭壇画を制作しました。
- 代表作:バルベリーニ宮殿の天井画「神の摂理」
ルカ・ジョルダーノ(Luca Giordano, 1634-1705)
- バロック後期の画家。
- ナポリ派の画家であり、多才で多作な画家として知られています。
- ヴェネツィア派やカラヴァッジョ派など、様々な画派の影響を受け、独自の様式を確立しました。
- 代表作:サン・マルティーノ修道院付聖堂の天井画「ユディトの勝利」
ベネデット・ジェンナーリ (Benedetto Gennari 1563–1610)
- バロック初期の画家。
- チェントで活躍し、グエルチーノの父方の祖父です。
- 宗教画や祭壇画を制作しました。
グエルチーノ(Guercino)(Giovanni Francesco Barbieri,1591-1666)
- バロック期の画家。
- 本名はジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエリ。
- ボローニャ派の画家であり、カラヴァッジョの影響を受けた劇的な明暗対比(キアロスクーロ)と、カラッチ派の古典主義的な様式を融合させた独自の画風を確立しました。
- 代表作:「聖ペトロニアの埋葬」「アウロラ」
アルテミジア・ロミ・ジェンティレスキ(Artemisia Lomi Gentileschi、1593-1652)
- バロック期の女流画家。
- オラツィオ・ジェンティレスキの娘であり、カラヴァッジョの影響を受けた劇的な明暗対比(キアロスクーロ)と、力強い女性像で知られています。
- 代表作:「ユディトとホロフェルネス」「スザンナと長老たち」
サルヴァトール・ローザ(Salvator Rosa、1615-1673)
- バロック期の画家、版画家、詩人、音楽家。
- ナポリ派の画家であり、荒々しい風景画や、海賊や兵士などを描いた風俗画で知られています。
- 代表作:「バビロンの燃焼」「哲学者たちの洞窟」
人物相関図

★ご利用の注意点★
上の代表画家の相関図です。
青い矢印は師弟関係を表していますが、実際はその関係がはっきりしていなかったり、ワークショップで働いたことがあるだけであったりします。
情報は英語版、フランス語版ウィキペディアを参考に製作しています。
カラヴァッジョとカラッチ:二人の巨匠の光と影
カラヴァッジョとカラッチは、イタリア・バロックを代表する二人の巨匠ですが、その作風は対照的でした。
カラヴァッジョは、劇的な明暗表現と写実的な人物描写で、見る者に強烈な印象を与えました。
一方、カラッチは、古典主義的な様式と自然主義的な写実を融合させ、調和のとれた美しい作品を生み出しました。
まとめ
イタリア・バロックは、カラヴァッジョとカラッチという二人の巨匠を中心に、光と影、感情のドラマを描き出した時代でした。
彼らの革新的な表現は、ヨーロッパ各地の画家に影響を与え、バロック美術の発展を牽引しました。
しかし、ヨーロッパ各地に広まったバロックは、各地で大変有名な画家たちを生み出していくことになり、バロック以降のイタリアは、ヨーロッパの貿易、政治の中心地が変わっていくにつれ、徐々に絵画の世界では後れを取っていきます。
そういった意味では、西洋美術史の一つの転換点でもあるので、他の国の画家たちと比較してみるのもバロック期の楽しみ方ではないでしょうか。
以下、他の国のバロック期の画家についてご紹介させて頂いております。
合わせてご参照ください。
- バロック・フランドル:ルーベンスの登場
- バロック・オランダ:オランダ絵画の黄金期
- バロック・スペイン:スペイン絵画の黄金期
なお、「バロック」以降、芸術の中心地は徐々に「フランス・パリ」へと移行していきます。
- 古典主義・フランス:ルイ14世スタイルの誕生
「イタリア・バロック」までの流れは以下になります。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
西洋美術史の全体像は年表でご紹介させて頂いております。
合わせてご覧頂くと時代の流れが理解しやすくなると思います。
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