1900年代初頭、西洋絵画は大きな転換期を迎えました。
それまでの写実的な表現から、画家の内面や感情を重視した抽象的な表現へと移行する中で、特に重要な役割を果たしたのが「フォーヴィスム」と「キュビスム」です。
これらの革新的なムーブメントは、20世紀美術の幕開けを告げ、その後の芸術に多大な影響を与えました。
本記事では、フォーヴィスムとキュビスムの誕生から発展、代表的な画家たち、そして後世への影響について、分かりやすく解説します。
フォーヴィスムとは

Triel sur Seine, le pont du chemin de fer (1904) Robert Antoine Pinchon
フォーヴィスム(Fauvisme)
「フォーヴィスム」は、目に映る色彩ではなく、心が感じるものを表現すること、高度な単純化と抽象化が特徴です。
その名前は、1905年の”Salon d’automne“に出品された作品を見た、美術評論家、”Louis Vauxcelles“が「まるで野獣(fauves)のようだ」と評したことに由来します。
活動の中心は、「マティス」と「ドラン」の2人が中心。
(マティス本人はフォーヴィスムに分類されることを嫌っていたようです)
展示会は3回のみと活動期間はとても短いですが、後のキュビスムに大きな影響を与えます。
新印象派、ポスト印象派(特にゴーギャン)の流れを組んでいて、さらに大胆な色使いで表現したような印象を受けます。
「フォーヴィスム」は活動期間が短かったですが、その後様々な影響を与えました。
活動期間
1903年頃~1910年頃まで
キュビスムとは

Les Fenêtres simultanée sur la ville (1912) Robert Delaunay
キュビスム(Cubisme)
「キュビスム」と言うと分かりにくい感じがする方もいらっしゃると思いますが、簡単に言うと「多視点」という言葉が一番分かりやすいと思います。
それまで絵画は色んな表現の仕方があったにしても、すべて単一の視点で描かれたものです。
(当たり前のことですが)
その当たり前を覆す試みが「多視点で対象を捉えキャンバスに表現すること」なのです。
「キュビスム」は、「ピカソ」と「ブラック」が創立者とされていますが、多視点で対象を捉える試み自体は、それまでも行われていました。(ルネサンス以前)
ルネサンス以降に多視点で対象を捉えようとした、最も有名な画家が、「セザンヌ」になります。
「セザンヌ」の作品に大きな感銘を受けた「ブラック」が描いた作品を、「マティス」が見た時に、「キューブのようだ」と言ったのが、「キュビスム」の由来と考えられています。
キュビスムは時期により表現方法に違いがあります。
- Le précubisme (1904-1911) プレキュビスム 空間の破壊・絵の解放
- Le cubisme analytique (1910-1912) 分析的キュビスム 遠近法の反転・光の重要性
- Le cubisme synthétique (1912-1914) 合成キュビスム 色彩の復活・Papiers collés(紙の貼り付け)
一大ブームを巻き起こしたキュビスムですが、多視点が増えれば対象が何だか分からなくなってしまうというジレンマに落ち込み、ピカソもブラックも結局は放棄してしまいます。
ただその後の様々な運動に大きな影響を与えたことでも、キュビスムの存在意義というものは、とても大きなものだと思います。
活動期間
1907年頃~1920年頃まで。
フォーヴィスムとキュビスムの比較
特徴 | フォーヴィスム | キュビスム |
---|---|---|
色彩 | 強烈な原色による感情表現 | 形態の分解・再構成に重点、色彩は比較的抑制 |
形態 | 単純化、抽象化 | 幾何学的な分解・再構成 |
主題 | 風景、人物、静物など | 静物、人物、建築など |
影響 | 表現主義、抽象絵画 | 抽象絵画、構成主義 |
時代背景
- 19世紀末から20世紀初頭にかけての社会変化
- 写真技術の発達による絵画の役割の変化
- 科学技術の進歩による新たな視覚体験
年表
1905年、Salon d’automneでフォーヴィスムの誕生
1906年、Salon des Indépendants開催、フォーヴィスムの画家の作品が一堂に展示される。
1906年、Salon d’automneでフォーヴィスムの作品が展示。
1906年、セザンヌ死去
1907年、ピカソ、Les Demoiselles d’Avignonを製作。キュビスムの始まり。
1908年、ブラック、Maisonsàl’Estaqueを製作。立方体のような作品。
1911年、Salon des IndépendantsでSalle41(部屋)にて、キュビスムの展示が行われる。
1912年、マルセル・デュシャン、Nu descendant un escalier n° 2を製作。
1914年、第一次世界大戦が起こる。
出店:ウィキペディア Cubism
代表画家
ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault, 1871-1958):
- ステンドグラスのような黒い輪郭線と、内側を埋める鮮やかな色彩が特徴です。宗教的な主題や社会風刺を多く描きました。
- 代表作:「老人王」(1937年)、「ミセレーレ」(版画集、1948年)
アンリ・マティス(Henri Matisse, 1869-1954):
- フォーヴィスムのリーダー的存在であり、「色彩の魔術師」と呼ばれました。晩年は切り絵の制作も行いました。
- 代表作:「ダンス」(1910年)、「赤のハーモニー」(1908年)、「青いヌード」(1907年)、「ジャズ」切り絵作品(1947年)
アンドレ・ドラン(Andre Derain, 1880-1954):
- フォーヴィスムの初期にはマティスと共に活動しましたが、後にセザンヌの影響を受け、より古典的な様式へと移行しました。
- 代表作:「ロンドンのテムズ川」(1906年)、「コリウールのボート」(1905年)
モーリス・ド・ヴラマンク(Maurice de Vlaminck, 1876-1958):
- 大胆で荒々しい筆致と、情熱的な色彩が特徴です。風景画や静物画を多く描きました。
- 代表作:「赤い木の風景」(1906年)、「曳舟」(1908年)
アルベール・マルケ(Albert Marquet, 1875-1947):
- 他のフォーヴィスムの画家たちに比べると、比較的穏やかで落ち着いた色彩と、写実的な表現が特徴です。風景画を多く描きました。
- 代表作:「ノートルダムの眺め」(1906年)、「ハンブルグの港」(1911年)
ラウル・デュフィ(Raoul Dufy, 1877-1953):
- 明るく装飾的な色彩と、軽快な線描が特徴です。
- 代表作:「電気の精」1937年、「ドーヴィルの競馬場」
オトン・フリエス(Achille-Émile Othon Friesz)
- フォーヴィスムの初期メンバーの一人。力強い筆致と、鮮やかな色彩による風景画や人物画で知られています。
シャルル・ルイリエ(Charles Lhullier, 1824-1898):
- 19世紀フランスの画家。写実的な風景画や風俗画を描きました。
ジョルジュ・ブラック(Georges Braque, 1882-1963):
- フランスの画家。パブロ・ピカソと共にキュビスムを創始したことで知られています。
- 代表作:「ギターを持つ女」(1913年)、「ポルトギーユ人」(1911年)
パブロ・ピカソ(Pablo Picasso, 1881-1973):
- スペイン出身の画家。ジョルジュ・ブラックと共にキュビスムを創始し、20世紀美術に多大な影響を与えました。
- 代表作:「アビニョンの娘たち」(1907年)、「ゲルニカ」(1937年)
フェルナン・レジェ(Fernand Léger, 1881-1955):
- 機械的なフォルムと鮮やかな色彩を組み合わせた、独自のキュビスムを展開しました。
- 代表作:「階段」(1913年)、「余暇 – ルイ・ダヴィッドに捧ぐ」(1948-49年)
ロベール・ドローネー(Robert Delaunay, 1885-1941):
- 色彩を光のように扱い、抽象的な絵画「オルフィスム」を創始しました。
- 代表作:「円盤:太陽1」(1912-13年)、「エッフェル塔」(1910年)
フアン・グリス(Juan Gris, 1887-1927):
- 分析的キュビスムから総合的キュビスムへの移行期に、独自のスタイルを確立しました。
- 代表作:「ギターとクラリネット」(1920年)、「新聞と果物鉢」(1916年)
マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp, 1887-1968):
- 既製品を美術作品とする「レディ・メイド」など、既存の美術概念を根本から問い直す作品を制作しました。
- 代表作:「泉」(1917年)、「階段を降りる裸体No.2」(1912年)
ソニア・ドローネ (Sonia Delaunay, 1885-1979):
- ロベール・ドローネーの妻であり、夫と共にオルフィスムの発展に貢献しました。絵画のみならず、テキスタイル・デザインなど幅広い分野で活躍しました。
- 代表作:「プリズムの電気的プリズム」(1913年)、「同時性的な服」(1924年)
ウジェーヌ・リロイ (Eugène Leroy, 1910-2000):
- 厚塗りの絵具と独特の色彩で、対象の内面を追求した画家です。晩年は、ほとんど抽象に近い作品を制作しました。
- 代表作:具体的な代表作に関する情報は限られています。
セルジュ・ポリアコフ(Serge Poliakoff, 1900-1969):
- ロシア出身のフランスの画家。幾何学的な形と鮮やかな色彩を組み合わせた、独自の抽象絵画を制作しました。
- 代表作:「コンポジション」シリーズ
ピエト・モンドリアン(Piet Mondrian, 1872-1944):
- オランダ出身の画家。水平線と垂直線、そして赤、青、黄の三原色のみを用いた、徹底的に抽象化された絵画を制作しました。
- 代表作:「赤、青、黄のコンポジション」(1930年)
アンドレ・ロート(André Lhote, 1885-1962):
- フランスの画家。キュビスムの影響を受けながらも、独自の具象と抽象の融合を試みました。
ルイ・マルクシス(Louis Marcoussis, 1878-1941):
- ポーランド出身のフランスの画家。キュビスムの画家として知られ、特に版画作品に優れています。
ニコラ・デ・スタエル(Nicolas de Staël, 1914-1955):
- ロシア出身のフランスの画家。抽象と具象の間を揺れ動く、独自のスタイルを確立しました。
- 代表作:「サッカーをする人々」(1952年)
オーギュスト・エルバン(Auguste Herbin,1882-1960):
- フランスの画家。幾何学的な形と鮮やかな色彩を用いた抽象絵画を制作しました。
※ 分類が違う場合もあります。
フォーヴィスム、キュビスム以外の画家が多く含まれています。
カタカナ表記に関して実際の発音と異なる場合もあります。
人物相関図

★ご利用の注意点★
上の代表画家の相関図です。
青い矢印は師弟関係を表していますが、実際はその関係がはっきりしていなかったり、ワークショップで働いたことがあるだけであったりします。
情報は英語版、フランス語版ウィキペディアを参考に製作しています。
まとめ
フォーヴィスムとキュビスムは、20世紀美術の幕開けを告げた二つの重要な芸術運動です。
これらの運動によって、絵画は伝統的な制約から解放され、自由な表現を追求するようになりました
1900年以前の西洋絵画は、目でとらえていた対象物をどのようにキャンパスに表現するのかという事に重きを置いていましたが、「フォーヴィスム」、「キュピズム」は画家の心にあるもの、感じるものを、より高度に単純化して表現しようと試みた時代になります。
そしてやはり、この時代の中でも最も影響力のあった画家は、「ピカソ」になります。
ピカソの凄さは、それまでになかった新たな手法、「キュビスム」を世に知らしめたことです。
「キュビスム」の誕生が、後の抽象絵画を生み出す原動力となって行きます。
次回以降は、さらに抽象化が進んで行きます。
「抽象絵画」が苦手な方も多くいらっしゃると思いますが、今回ご紹介させて頂いた、「フォーヴィスム」、「キュビスム」の流れを理解すると、少しは何となく楽しみやすくなるのではないでしょうか。
ぜひ、お時間のある方は、色々と詳しく調べてみてください。
なお、個人的な見解ですが、西洋絵画の楽しみ方の一つ、人物相関図を考えると、作品だけではない違った側面からも楽しむことが出来ます。
キュビスムの基礎である多視点は、「セザンヌ」が用いていたものであります。
それにブラックとピカソが影響を受けて「キュビスム」を生み出しているという事です。
「フォーヴィスム」が誕生するのも、「ゴーギャン」がいたからこそ生まれたものです。
当たり前のことですが、「絵画史」というものがきちんと繋がっているのだと改めて認識出来ると、作品を見た時の理解度、感じ方がまた変わってさらに楽しめると思います。
ぜひ、皆様もそんなことを感じながら絵画を鑑賞してみてください。
「キュビスム」や「フォーヴィスム」の作品については、以下の記事で詳しくご紹介させて頂いております。
合わせてご参照ください。
次回は「フォーヴィスム」や「キュビスム」がフランスで流行していた同時期に、ドイツで誕生した「表現主義」を中心にご紹介させて頂きます。
「キュビスム」までのフランス美術史の流れは以下になります。
- 前期ルネサンス:何故ルネサンスは起こったのか?
- 初期ルネサンス:多くの技術革新
- 盛期ルネサンス:ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロによる完成形
- マニエリスム:新たな世界観への挑戦
- バロック・イタリア:劇的なシーンの登場
- 古典主義・フランス:ルイ14世スタイルの誕生
- ロココ・フランス:華やかで優雅なルイ15世スタイル
- 新古典主義・フランス:ナポレオンの台頭、アンピール様式
- ロマン主義・フランス:個人の感情を重視するドラクロワの登場
- ロマン主義・イギリス:イギリス絵画の黄金期
- アカデミック美術・フランス:権威主義、絵画のランク付け
- 写実主義・フランス:バルビゾン派の誕生、戸外での活動
- 印象派・フランス:モネ、ルノワールの登場
- 新印象派・ポスト印象派:ゴーギャンの登場、新時代の幕開け
- 象徴主義:人間の内面の表現
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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