20世紀初頭、フランスではフォーヴィスムやキュビスムが絵画の中心を担っていた頃、ドイツでは「表現主義」と呼ばれる新たな美術運動が誕生しました。
この時代、特に1900年から1920年までの20年間は「ドイツ黄金時代」とも呼ばれ、前衛芸術の新しい流れが次々と生まれたのです。
同時期には、イタリアで「未来派」が、ロシアでは抽象的な表現を追求する「ロシア・アヴァンギャルド」が台頭し、美術界はかつてないほどの活気に満ち溢れていました。
今回は、この激動の時代に活躍した画家たちの人物相関図とともに、それぞれの美術運動について詳しく解説します。
表現主義:内なる感情を解き放つ
表現主義は、20世紀初頭にドイツを中心に起こった美術運動です。
物理的な外面の描写ではなく、芸術家の内面的な感情を表現することを重視したのが特徴です。
絵画の世界では、ミュンヘンで活動した「青騎士(Der Blaue Reiter)」と、ドレスデンで活動した「ブリュッケ(Die Brücke)」が中心的な存在でした。
その後、表現主義は第一次世界大戦やナチスの台頭の影響を受け、カンディンスキーなどの画家たちがアメリカへ亡命したことで、アメリカの芸術にも大きな影響を与えました。
ブリュッケ Die Brücke

Painting of the group members Ernst Ludwig Kirchner
ブリュッケ(Die Brücke):伝統との決別、新たな表現の探求
1905年、ドイツ、ドレスデンで結成された芸術家グループです。
「ブリュッケ (Die Brücke)」とは、「橋」という意味です。
一般的、伝統的なスタイルを避け、過去と現在の新しい架け橋となる、新しい芸術の表現手法を見つけることを目的としていました。
また、木版画を復活させました。
フランスのフォーヴィスムと比較されることが多いです。
マニフェスト
“who want freedom in our work and in our lives, independence from older, established forces.”
(我々の仕事と生活に自由を求め、古い確執された権力からの独立を望む)
出典:ウィキペディア Die Brücke
活動期間
1905年~1913年まで
青騎士(Der Blaue Reiter):精神性を追求する抽象への道

Der Blaue Reiter (1903) Wassily Kandinsky
青騎士 とは
1911年に、「カンディンスキー」が中心となって設立。
「青騎士」の設立の前に、1909年、カンディンスキーは、「ミュンヘン新芸術家協会」を設立しています。
しかし、メンバー内での対立によりカンディンスキーは脱退。
その後に結成されたのが、「青騎士」になります。
「青騎士」の名前の由来は、カンディンスキーが1903年に描いた”Der Blaue Reiter“に由来していると言われていますが、カンディンスキーは後に、青色への愛情と、「フランツ・マルク」の馬、騎士への愛情に由来していると書いています。
(青色は精神性な色と考えていた)
理念
フォルム、形へのこだわりを捨てて、「すべての芸術の根底にある理念、精神的な真実の追求」を目指しました。
それは、人間は芸術を通して、互いに結びつけることが出来る内的、外的な実体験を持っているという考えが根底にあるからです。
カンディンスキーは、著書で、これらを「内的必然性」と呼び、作品は内側から鑑賞者に語り掛け、鑑賞者はその声を聞くと書いています。
活動期間
1911年~1914年
イタリア未来派 Futurism

sketch of The City Rises (1910) Umberto Boccioni
イタリア未来派 とは
1909年、イタリア、詩人、作家の「フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ (Filippo Tommaso Marinetti,1876-1944)」が「未来派宣言(Manifesto of Futurism)」を提唱。
スピードやテクノロジー、若さ、暴力、機械、車、飛行機など工業的なもの、近代的なものを称賛する運動です。
イタリアの過去からの解放でもあり、自然への勝利でもありました。
未来派は絵画だけでなく、様々な分野に影響を与えました。
ロシアでは、「ロシア未来派」が誕生しています。
1920年代に入ると未来派は、ファシストと結びつきを強めて行きます。
マリネッティは、未来派を国家の公式芸術にしようとしましたが、結局は上手く行きませんでした。
各国の芸術運動に大きな影響を与えた未来派も、マリネッティの死と共に運動は終焉を迎えます。
出典:ウィキペディア Futurism
活動期間
1909年~1944年
ロシア・アヴァンギャルド Russian avant-garde
ロシア・アヴァンギャルド とは
ロシア・アヴァンギャルドは、キュビスムや未来派と同時期に、ロシアを中心に起こった芸術運動の総称です。
1920年代後半からはスターリン主義の影響で統制が厳しくなり、1934年には社会主義リアリズムが公式な芸術となり、抽象表現は禁止されました。
代表的な活動
ダイヤのジャック(1909)、ロバの尻尾(1912)、立体未来主義(1913)、シュプレマティスム(1915)、ロシア構成主義(1919)
活動期間
1910年代~1930年代
ダイヤのジャック Jack of Diamonds

Woman with a Guitar (1913) Aristarkh Lentulov
1909年、「ミハイル・ラリオーノフ」により結成。
「セザンヌ」ただ一人を模範とすることを目的としていた。
ダイヤは血を流すこと、ジャックはナイフであり、若さを表しています。
ロバの尻尾 Donkey’s Tail

Cyclist (1913) Natalia Goncharova
1912年、「ミハイル・ラリオーノフ」により結成。
カジミール・マレーヴィチ、シャガールも参加していました。
立体未来主義 Cubo-Futurism

The Knife Grinder( 1912-13) Kazimir Malevich
キュビスムや、未来派を融合させた傾向の作品が多い。
ラリオーノフ、マレーヴィチらが参加。
マレーヴィチは、キュビスムを取り入れ、ロシアの田舎の重いテーマを描いた。
ラリオーノフは、ナタリア・ゴンチャロワと共に「レイヨニスム宣言(1912)」を提唱した。
(未来派を取り入れたもの)
シュプレマティスム Suprematism

Black Square (1915) Kazimir Malevich
「マレーヴィチ」が提唱した、抽象絵画の一つの到達点。
代表作、「黒の正方形」(1913)が発表される。
円、正方形、線、長方形などの基本的な幾何学的形態に焦点を当てた運動です。
構成主義とは対照的に、非客観的世界を描く手法。
「感覚」を絶対的価値において作品を描いていた。
(説明を書いても良く分からないと思いますが、良く分からない感覚を描くので、良く分からなくて良いような気がしますが、それを説明したマレーヴィチの思想が評価されたとも考えられます)
ロシア構成主義 Constructivism
Counter-relief (1916) V.Tatlin
社会主義国家の建設と大きく連動していた。
抽象性、革新性、象徴性などが特徴であるが、立体的な作品が多く造られたことも特徴として挙げられます。
立体的な作品を作る材料は、反ブルジョワであり、プロレタリアートの材料(木材、金属、ガラスなど)を組み合わせて表現する手法です。
工業的な材料の中にこそ、芸術があると考えていました。
出典:ウィキペディア ロシア・アヴァンギャルド
年表
1905年、血の日曜日事件
1905年、ブリュッケ設立
1909年、ミュンヘン新芸術家協会設立
1909年、ラリオーノフがダイヤのジャックを結成
1909年、イタリア未来派宣言
1911年、青騎士設立、青騎士展開催
1911年、年間誌「青騎士」発行
1912年、第2回青騎士展開催
1912年、ラリオーノフ、ロバの尻尾を結成
1914年、第一次世界大戦勃発
1917年、ロシア革命
代表画家
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー(Ernst Ludwig Kirchner, 1880-1938):
- ブリュッケの中心的メンバーであり、都市生活や人間の内面を、鋭い線と鮮やかな色彩で表現しました。
- 代表作:「ベルリン街頭風景」(1913-1914年)
カール・シュミット・ロットルフ(Karl Schmidt-Rottluff, 1884-1976):
- ブリュッケの創設メンバーの一人。力強い木版画や、大胆な色彩の風景画で知られています。
フリッツ・ブレイル(Fritz Bleyl, 1880-1966):
- ブリュッケの創設メンバーの一人。
エーリッヒ・ヘッケル(Erich Heckel, 1883-1970):
- ブリュッケの創設メンバーの一人。人間の不安や苦悩を、内省的な表現で描きました。
オットー・ミュラー(Otto Mueller, 1874-1930):
- ブリュッケに加わった画家。裸体の人物や、自然と人間との調和を、独特の色彩と形体で表現しました。
マックス・ペヒシュタイン(Hermann Max Pechstein, 1881-1955):
- ブリュッケのメンバーであり、鮮やかな色彩と装飾的なスタイルで、楽園的な風景や人物を描きました。
エミール・ノルデ(Emil Nolde, 1867-1956):
- ブリュッケとは独立して活動しましたが、表現主義の代表的な画家の一人です。宗教的な主題や、自然の力を、激しい色彩と筆致で表現しました。
ヴィルヘルム・レームブルック(Wilhelm Lehmbruck, 1881-1919):
- 彫刻家であり、表現主義の彫刻を代表する作家です。
- 代表作:「跪く女」(1911年)
フランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck, 1863-1928):
- 象徴主義の画家であり、官能的で神秘的な作品を制作しました。カンディンスキーの初期の作品に影響を与えました。
- 代表作:「罪」(1891年)
ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky, 1866-1944):
- ロシア出身の画家。青騎士の中心的メンバーであり、抽象絵画の創始者の一人として知られています。
- 代表作:「コンポジションVIII」(1923年)
フランツ・マルク(Franz Marc, 1880-1916):
- 青騎士のメンバーであり、動物をモチーフに、象徴的で精神性の高い作品を制作しました。
- 代表作:「青い馬I」(1911年)
パウル・クレー(Paul Klee, 1879-1940):
- スイス出身の画家。青騎士のメンバーであり、詩的で幻想的な作品を制作しました。
- 代表作:「黄金の魚」(1921年)
アウグスト・マッケ(August Macke, 1887-1914):
- 青騎士のメンバーであり、明るく鮮やかな色彩で、日常の風景や人物を描きました。
- 代表作:「テラスの上の大きな明るい散歩道」(1912年)
リオネル・ファイニンガー(Lyonel Feininger, 1871-1956):
- ドイツ系アメリカ人の画家。キュビスムの影響を受けながらも、独自の幾何学的な風景画を制作しました。
ピート・モンドリアン(Piet Mondrian, 1872-1944):
- オランダ出身の画家で、新造形主義と呼ばれる独自の理論を確立しました。水平線と垂直線、そして赤、青、黄の三原色のみを用いた、徹底的に抽象化された絵画で知られています。
- 代表作:「赤、青、黄のコンポジション」(1930年)
フランティセック・クプカ(František Kupka, 1871-1957):
- チェコ出身の画家で、抽象絵画の先駆者の一人です。色彩と形を通して、音楽や精神的な世界を表現しようとしました。
- 代表作:「フーガの二色」(1912年)
レオン・バクスト(Leon Samoilovitch Bakst, 1866-1924):
- ロシア出身の画家で、舞台美術家としても活躍しました。セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の舞台美術や衣装デザインを手掛け、オリエンタルな色彩と装飾的なスタイルで、当時の舞台芸術に大きな影響を与えました。
- 代表作:バレエ・リュスの舞台デザイン
マルク・シャガール(Marc Chagall, 1887-1985):
- ロシア出身の画家で、故郷のロシアやユダヤの文化、そして愛をテーマに、幻想的で詩的な作品を制作しました。鮮やかな色彩と、自由奔放な構図が特徴です。
- 代表作:「私と村」(1911年)、「緑のバイオリン弾き」(1923年)
ナタリア・ゴンチャロワ(Natalia Goncharova, 1881-1962):
- ロシアの女性画家。レイヨニスム(光線主義)と呼ばれる独自のスタイルを確立し、舞台美術や衣装デザインも手掛けました。
- 代表作:「自転車乗り」(1913年)
ミハイル・ラリオーノフ(1881-1964):
- ロシアの画家。ゴンチャロワの夫であり、レイヨニスムの創始者の一人です。
- 代表作:「ガラスのパネル」(1912年)
カジミール・マレーヴィチ (1879-1935):
- ロシアの画家。絶対主義(シュプレマティスム)と呼ばれる独自の理論を確立し、幾何学的な形と色彩のみを用いた抽象絵画を制作しました。
- 代表作:「黒の正方形」(1915年)
エル・リシツキー (El Lissitzky, 1890-1941):
- ロシアの画家、デザイナー、建築家。シュプレマティスムの影響を受けながらも、独自の立体構成「プロウン」を制作しました。
- 代表作:「プロウン19D」(1920年)
パーヴェル・フィローノフ(1883-1941):
- ロシアの画家。分析的芸術と呼ばれる独自の理論を確立し、複雑な構図と象徴的なイメージを用いた絵画を制作しました。
リュボーフィ・ポポーワ(Liubov S. Popova, 1889-1924):
- ロシアの女性画家。キュビスムやシュプレマティスムの影響を受けながらも、独自の抽象絵画や舞台美術を制作しました。
ウラジーミル・タトリン (Vladimir Yevgrafovich Tatlin, 1885-1953):
- ロシアの画家、彫刻家、舞台美術家。構成主義の創始者の一人であり、鉄やガラスなどの素材を用いた立体構成「タトリンの塔」を設計しました。
- 代表作:「タトリンの塔」の模型(1919年)
アレクサンドル・ロトチェンコ(Aleksander Rodchenko, 1891-1956):
- ロシアの画家、彫刻家、デザイナー、写真家。構成主義の代表的な作家であり、グラフィックデザインや写真の分野でも活躍しました。
- 代表作:「リリ・ブリックのポスター」(1924年)
ジャコモ・グロッソ (Giacomo Grosso, 1860-1938):
- イタリアの画家。官能的で象徴的な作品を描きました。未来派の画家たちに影響を与えた画家の一人です。
カルロ・カッラ(Carlo Carrà, 1881-1966):
- イタリアの画家。未来派の創始メンバーの一人であり、後に形而上絵画の創始者の一人となりました。
- 代表作:「赤い馬」(1913年)、「エンリコ・プラトリーニの葬儀」(1910-11年)
ジャコモ・バッラ(Giacomo Balla, 1871-1958):
- イタリアの画家。未来派の創始メンバーの一人であり、光や運動を抽象的に表現しました。
- 代表作:「鎖に繋がれた犬のダイナミズム」(1912年)
ジーノ・セヴェリーニ(Gino Severini, 1883-1966):
- イタリアの画家。未来派の創始メンバーの一人であり、キュビスムと未来派の融合を試みました。
- 代表作:「青い踊り子」(1912年)
ウンベルト・ボッチョーニ(Umberto Boccioni, 1882-1916):
- イタリアの画家、彫刻家。未来派の中心的メンバーであり、運動や速度を表現した彫刻作品でも知られています。
- 代表作:「都市の勃興」(1910-11年)、「空間における連続性の唯一の形態」(1913年)
フォルトゥナート・デペーロ(Fortunato Depero, 1892-1960):
- イタリアの画家、彫刻家、デザイナー。未来派の第二世代を代表する画家であり、広告や舞台美術など幅広い分野で活躍しました。
- 代表作:デペーロは、広告や舞台美術のデザインを多く手掛けたため、絵画としての代表作を特定することは難しいです。
アルベルト・マネリ(Alberto Magnelli, 1888-1971):
- イタリアの画家。初期は未来派の影響を受けましたが、後に抽象絵画へと移行しました。
ルイージ・ルッソロ(Luigi Russolo, 1885-1947):
- イタリアの画家、作曲家。未来派の音楽家としても知られ、騒音音楽の理論を提唱しました。
※ 分類が違う場合もあります。
表現主義以外の画家が多く含まれています。
カタカナ表記に関して実際の発音と異なる場合もあります。
人物相関図


★ご利用の注意点★
上の代表画家の相関図です。
青い矢印は師弟関係を表していますが、実際はその関係がはっきりしていなかったり、ワークショップで働いたことがあるだけであったりします。
情報は英語版、フランス語版ウィキペディアを参考に製作しています。
まとめ
いろんな主義が多く出て来たのでとても分かりにくくなってしまいましたが、お時間のある方は、作品と共に時代の流れを見て行けば、何となく理解出来るかもしれません。
ただ、これらの時代は目に見えるものの表現ではなく、内面的なものや、感覚を表現しようとしているので、理解出来なくても問題はなく、理解する必要はないかもしれません。
(言い回しが少し変な感じになってしまいましたが、)
ドイツ、イタリア、ロシアともに起こった前衛芸術は、ナチス、ムッソリーニ、スターリンの台頭により結局は消滅してしまいます。
しかしその運動は、アメリカや欧米の他の国に影響を与え、さらなる発展を遂げて行きます。
次回以降は、第一次世界大戦後の新しい芸術運動についてご紹介させて頂きます。
以下の記事では今回ご紹介させて頂いたスタイルについて、実際の作品を見ながら学習することが可能です。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
西洋絵画史全体の流れは以下の記事で確認することが可能です。
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