リール宮殿美術館は、17世紀バロックから古典主義にかけての豊かなコレクションを誇る、隠れた名美術館です。
本記事では、ヤーコブ・ファン・ロイスダールのドラマティックな風景画から、フランス古典主義の巨匠たちの作品、そして静物画の傑作まで、多様な作品の魅力を深掘りします。
それぞれの作品に込められた画家の技法や物語を知ることで、あなたの美術館体験はより一層豊かなものになるでしょう。さあ、リール宮殿美術館で、17世紀ヨーロッパの芸術を巡る旅に出かけませんか?
Jacob van Ruisdael (1628-1682)
ヤーコブ・ファン・ロイスダールは、17世紀オランダ黄金時代を代表する風景画家です。彼は、それまでの風景画にはなかった、詩的で劇的な雰囲気を持つ作品を数多く残しました。
ロイスダールは、単なる風景の写実的な描写を超えて、自然の持つ壮大さや感情を表現することに重点を置きました。彼の作品は、荒れ狂う滝、嵐の後の空、古木や廃墟など、ロマンティックで憂鬱な雰囲気を特徴としています。これは、後のロマン主義の画家たちに大きな影響を与えました。

Le champ de blé (1660)
Le champ de blé (麦畑)は、広大な麦畑を描いていますが、単なる風景の記録に留まらず、自然の荘厳さとドラマを表現しています。
画面の大部分を占めるのは、大きく、力強い雲が浮かぶ空です。雲の隙間から差し込む太陽の光が、麦畑を部分的に照らし、光と影の強いコントラストを生み出しています。この光の効果は、風景に詩的な雰囲気と感情的な深みを与えています。
麦畑は地平線まで広がり、道や風車、小さな人物が遠くに描かれています。ロイスダールは、これらの要素を巧みに配置することで、空間の奥行きと広がりを見事に表現しています。

Paysage. Le Torrent (1670)
Paysage. Le Torrent (風景:激流)は、岩山の間を勢いよく流れる激流を中心に描き、周囲には木々や雲が重厚に広がります。ロイスダール特有のドラマティックな自然表現が際立っており、自然の力強さと荘厳さを強調する構図となっています。人間の姿は小さく、自然の圧倒的な存在感を示す点が特徴です。
Gerrit van Hees ( -1670)
ヘーリット・ファン・ヘースは、17世紀オランダの風景画家です。彼は、特に森の風景を描いたことで知られています。

Paysage (1650)
Paysage(風景画)は、深い森の中の静かな風景を描いており、見る者をオランダの鬱蒼とした自然の中に誘います。
この作品は、同時代のハールレム派の画家たち、特にヤーコブ・ファン・ロイスダールの影響を強く受けています。ヤン・ファン・ホーイェンらによって確立されたトーン・ペインティングの控えめな色彩(主に茶色、緑、灰色)が用いられ、空気感と奥行きが見事に表現されています。
Charles de La Fosse (1636-1716)
シャルル・ド・ラ・フォッスは、17世紀末から18世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家です。彼は、ルイ14世の治世下のフランスで、バロック様式と古典主義様式を融合させた独自のスタイルで知られています。
ラ・フォッスは、フランス王立アカデミーでシャルル・ルブランに師事した後、イタリアとフランドルに渡りました。特に、アントワープでピーテル・パウル・ルーベンスの作品に触れ、その豊かな色彩と力強い動感に深く感銘を受けました。
ルーベンスから学んだ自由で感覚的な色彩を、ルブランから学んだフランス古典主義の厳格なデッサンや構図と融合させました。彼の作品は、穏やかながらも鮮やかな色彩と、優雅で洗練された雰囲気が特徴です。

Jésus donnant les clés à saint Pierre (1700)
Jésus donnant les clés à saint Pierre (聖ペテロに天国の鍵を授けるイエス)は、キリスト教の最も重要な場面の一つ、すなわちイエス・キリストが使徒聖ペテロに「天国の鍵」を授け、彼を教会の礎石として任命する瞬間を描いています。
Jean-Baptiste Monnoyer (1636-1699)
ジャン=バティスト・モンノワイエは、17世紀フランスの画家で、特に花や静物の分野で卓越した才能を発揮しました。彼は、フランス国王ルイ14世の宮廷画家として、ヴェルサイユ宮殿、ムードン宮殿、サン=クルー城などの装飾画を手がけました。彼の作品は、タペストリーのデザインにも用いられました。
彼の著書で、「Le Livre de toutes sortes de fleurs d’après nature(自然に基づくあらゆる種類の花の本然に基づくあらゆる種類の花の本)」は多くの芸術家に愛読されました。

Fleurs et bas relief antique
Fleurs et bas relief antique(花と古代のレリーフ)は、モンノワイエが得意とした花の静物画と、古典的な古代のレリーフ(浅浮き彫り)を組み合わせた、ユニークな構図を持つ作品です。
画面中央には、様々な種類の花が豪華に生けられています。花瓶の後ろには、古代ローマの神話的な場面を描いた大理石のレリーフが置かれています。このレリーフは、花の静物画に歴史的、あるいは寓意的な奥行きを与えています。
この作品の最も興味深い点は、花の儚い美しさと、彫刻の持つ永続性という、二つの対照的な要素を並置していることです。満開の花はやがて枯れますが、古代の芸術は時間を超えて残ります。これにより、単なる静物画を超えた、時の流れと芸術の力をテーマにした哲学的意味合いが生まれています。
Jacob Jacobsz de Wet II (1640-1697)
ヤコブ・ヤコプスゾーン・デ・ヴェット2世は、17世紀オランダ黄金時代の画家です。彼のキャリアは、特にスコットランドやイギリスでの活動で知られています。
彼のキャリアで最も注目されるのは、スコットランドでの活動です。彼は、イングランド国王チャールズ2世の依頼で、エディンバラのホリールード宮殿のために、スコットランドの伝説的な王から実在の王まで、110枚もの肖像画を制作しました。この膨大な肖像画シリーズは、彼の代表的な仕事として知られています。

Paysage avec la fuite en Égypte (1650)
Paysage avec la fuite en Égypte(エジプトへの逃避のある風景)は、キリスト教の物語である「エジプトへの逃避」の場面を風景の中に描いたものです。ヘロデ王の幼児虐殺から逃れるため、聖家族(聖母マリア、幼子イエス、聖ヨセフ)がエジプトへと旅する様子が描かれています。
Arnould de Vuez (1644-1720)
アルヌー・ド・ヴュは、フランドル生まれの画家ですが、主にフランスで活躍しました。特に、宗教画、歴史画、そして肖像画の分野で才能を発揮し、リール市の公式画家として多くの作品を制作しました。

Sainte Cécile accompagnée de trois anges musiciens (1700)
Sainte Cécile accompagnée de trois anges musiciens(3人の音楽天使を伴う聖セシリア人の音楽天使を伴う聖セシリア)は、音楽の守護聖人である聖セシリアが、楽器を演奏する3人の天使に囲まれながら、法悦の表情で音楽を奏でる瞬間を描いています。
まとめ:バロックと古典主義の魅力を再発見
いかがでしたか?
リール宮殿美術館の17世紀コレクションは、それぞれの画家が異なるスタイルで、自然の荘厳さ、人間の信仰、そして日常の美しさをどのように表現したかを示してくれます。
ロイスダールの作品から自然のドラマを感じたり、モンノワイエの静物画から花の儚さと芸術の永続性という哲学的なテーマを読み取ったりと、鑑賞の楽しみ方は無限に広がります。
この記事が、あなたのリール宮殿美術館での体験をより豊かなものにし、バロックと古典主義の奥深い世界を再発見するきっかけとなれば幸いです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
リール美術館に展示されている作品については、以下の記事で詳しく解説させて頂いております。
- リール宮殿美術館 コレクション 初期ネーデルラント絵画・ゴシック末期・盛期ルネサンスとマニエリスム
- ルーベンスからブリューゲルまで!リール宮殿美術館で巡るフランドル絵画の黄金時代
- 光と影が織りなすドラマ!リール宮殿美術館でバロック絵画を堪能
- ロイスダールの風景画から、聖人たちの物語まで!リール宮殿美術館で巡るバロック・古典主義
- 優雅なロココから、激動の時代へ!リール宮殿美術館でたどる18世紀美術の旅
- ドラクロワの傑作から、ミレーの農民画まで!リール宮殿美術館で巡る19世紀フランス美術の真髄
- ゴッホも、モネも、ルノワールも!リール宮殿美術館で巡る印象派・ポスト印象派の傑作たち
- 色彩と形の革命!リール宮殿美術館でたどる20世紀美術の軌跡
コメント