今回ご紹介するのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した芸術運動、「アール・ヌーヴォー」です。
フランス語で「新しい芸術」を意味するこの運動は、絵画、建築、工芸など、多岐にわたる分野に影響を与えました。
国によって異なる呼び名を持つことも、アール・ヌーヴォーの興味深い特徴の一つです。
この記事では、アール・ヌーヴォーの起源から特徴、代表的な作家、そしてウィーン分離派との関係まで、詳しく解説します。
アール・ヌーヴォー:19世紀末、ヨーロッパを魅了した「新芸術」

La tournée du Chat Noir de Rodolphe Salis (1896) Théophile Steinlen
アール・ヌーヴォーとは?
アール・ヌーヴォーは、産業革命による大量生産と、それに伴う芸術の質の低下に対する反発から生まれた運動です。
イギリスで起こったアーツ・アンド・クラフツ運動を起源とし、ウィリアム・モリスやジョン・ラスキンらが提唱した、手仕事の重視、自然界のモチーフの活用、洗練されたデザインの追求といった理念を受け継ぎました。
「アール・ヌーヴォー」という言葉は、1894年にベルギーの芸術雑誌『L’Art moderne』で、アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデの作品を評してエドモン・ピカールが用いたのが始まりとされています。
アール・ヌーヴォーの最初の建築作品としては、1893年にベルギーの建築家ヴィクトール・オルタが設計したブリュッセルのタッセル邸が挙げられます。
フランスでは、パリとナンシーがアール・ヌーヴォーの中心地となりました。
パリでは、サミュエル・ビングが1895年12月に「アール・ヌーヴォー」という名前の店を開き、日本の美術品などを紹介しました。
(フランスにおけるジャポニズムのブームに影響を与えたビングは、1870年ごろから日本、中国の作品を輸入販売していました。)
ナンシーでは、エミール・ガレやドーム兄弟を中心に、ガラス工芸が盛んに行われました。
フランスにおけるアール・ヌーヴォーの最盛期は、1900年のパリ万国博覧会です。第一次世界大戦後、アール・ヌーヴォーは衰退し、アール・デコへと移行していきました。
アール・ヌーヴォーは各国で独自の発展を遂げ、それぞれ異なる名称で呼ばれています。
アール・ヌーヴォーの特徴
- 植物や昆虫などの有機的なモチーフ
- 流れるような曲線
- 装飾性の重視
- 絵画、建築、工芸など、多様な分野に展開
- 日本のジャポニズムの影響
活動期間
1893年頃~1914年頃
ウィーン分離派(Wiener Secession):革新を求めた芸術家たちの集団
XIV austellung… secession, vienna (1902) Alfred roller
ウィーン分離派 とは
1897年、グスタフ・クリムトを中心に、画家、彫刻家、工芸家が集まり、ウィーン分離派を結成しました。
彼らは、当時の保守的な芸術界からの分離と、新しい芸術の創造を目指しました。
ヨゼフ・マリア・オルブリッヒが設計した分離派会館(”Secessionsgebäude“(セセッション館))は、彼らの活動の象徴的な拠点となりました。
ウィーン分離派は、1905年に一部のメンバーが脱退しましたが、その後も活動を続け、エゴン・シーレなど、新たな才能を輩出しました。
活動期間
1897年~1905年 (その後も活動は続いています)
年表
1892年、ミュンヘン分離派 結成
1893年、L’Hôtel Tassel(タッセル邸)建設
1895年、パリにSamuel Bing(サミュエル・ビング)がアールヌーボーと言うお店を出店
1897年、ウィーン分離派 結成
1898年、第1回ウィーン分離派展 開催
1899年、ベルリン分離派 結成
1900年、パリ万国博覧会
1914年、第一次世界大戦勃発
代表画家(その他芸術家)
レオン・ボナ(Léon Joseph Florentin Bonnat, 1833-1922):
- フランスの画家。肖像画や歴史画で知られ、アカデミックな写実主義の画家として高く評価されました。
- 代表作:「アダムとエヴァ」(1889年)
トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec,1864-1901):
- フランスの画家、版画家、イラストレーター。パリのモンマルトルを舞台に、キャバレーや踊り子、娼婦などを独特の視点で描きました。
- 代表作:「ムーラン・ルージュにて」(1892年)
フランソワ・ボション(François-Louis David Bocion, 1828-1890):
- スイスの画家。レマン湖周辺の風景画を多く残しています。
ウジェーヌ・グラッセ(Eugène Grasset, 1845-1917):
- スイス出身のフランスのデザイナー、イラストレーター。アール・ヌーヴォーの様式で、ポスターや装飾デザインを制作しました。
テオフィル・アレクサンドル・スタンラン(Théophile Alexandre Steinlen. 1859-1923):
- スイス出身のフランスの画家、イラストレーター。社会風刺画や、猫をモチーフにした作品で知られています。
- 代表作:「ミルク工場の殺菌牛乳」(1894年)
アルフォンス・ミュシャ(Alfons Maria Mucha, 1860-1939):
- チェコ出身のアール・ヌーヴォーの画家、イラストレーター、デザイナー。流麗な線と装飾的なスタイルで、ポスターや装飾パネルを制作しました。
- 代表作:「ジスモンダ」(1894年)
ヘンリー・プロバンサル(Henry Provensal, 1868-1934):
- フランスの画家、ポスター画家。アール・ヌーヴォーの様式で、多くのポスターを制作しました。
ウィル・H・ブラッドリー(Will H. Bradley, 1868-1962):
- アメリカのグラフィックデザイナー、イラストレーター。アール・ヌーヴォーの影響を受けながらも、独自のスタイルを確立しました。
オーストリア
ハンス・マカルト(Hans Makart, 1840-1884):
- オーストリアの画家。豪華絢爛な歴史画や装飾画で知られ、グスタフ・クリムトらウィーン分離派の画家に大きな影響を与えました。
- 代表作:「クレオパトラとアントニウスの舟遊び」(1878年)
フランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck, 1863-1928):
- ドイツの画家、彫刻家。象徴主義の画家として、官能的で神秘的な作品を制作しました。
- 代表作:「罪」(1891年)
マックス・リーバーマン(Max Liebermann, 1847-1935):
- ドイツの画家。印象派の影響を受け、日常の風景や人物を明るい色彩で描きました。
- 代表作:「漂白場」(1882年)
グスタフ・クリムト(Gustav Klimt, 1862-1918):
- オーストリアの画家。ウィーン分離派の中心的メンバーであり、金箔を多用した装飾的な作品で知られています。
- 代表作:「接吻」(1907-08年)
コロマン・モーザー(Koloman Moser, 1868-1918):
- オーストリアの画家、デザイナー。ウィーン分離派のメンバーであり、絵画のみならず、工芸やデザインなど幅広い分野で活躍しました。
アルフレート・ロラー(Alfred Roller, 1864-1935):
- オーストリアの画家、舞台美術家。ウィーン分離派のメンバーであり、舞台美術の分野で革新的な仕事を残しました。
エゴン・シーレ(Egon Schiele、1890-1918):
- オーストリアの画家。クリムトの弟子であり、人間の内面を鋭く抉り出すような、独特の表現で知られています。
- 代表作:「死と乙女」(1915年)
ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ(Joseph Maria Olbrich, 1867-1908):
- オーストリアの建築家、デザイナー。ウィーン分離派のメンバーであり、分離派会館の設計などで知られています。
ナンシー派
エミール・ガレ(Charles Martin Émile Gallé, 1846-1904):
- フランスのガラス工芸家、陶芸家、家具デザイナー。アール・ヌーヴォーの代表的な作家の一人であり、植物や昆虫などをモチーフにした、繊細で美しいガラス工芸品で知られています。
- 代表作:「トンボ文花瓶」
オーギュスト・ドーム(Auguste Daum, 1853-1909):
- フランスのガラス工芸家。弟のアントナン・ドームと共に、ドーム兄弟商会を設立し、アール・ヌーヴォーのガラス工芸品を制作しました。
アントナン・ドーム(Antonin Daum, 1864-1930):
- フランスのガラス工芸家。兄のオーギュスト・ドームと共に、ドーム兄弟商会を設立し、アール・ヌーヴォーのガラス工芸品を制作しました。
ジャック・グリューバー(Jacques Gruber, 1870-1933):
- フランスのガラス工芸家、家具デザイナー。アール・ヌーヴォーの様式で、ステンドグラスや家具を制作しました。
ルイ・マジョレル (Louis Majorelle, 1859-1926):
- フランスの家具デザイナー。アール・ヌーヴォーの様式で、植物や昆虫などをモチーフにした、優美で装飾的な家具を制作しました。
- 代表作:睡蓮文様飾り棚
ウジェーヌ・ヴァラン(Eugène Vallin, 1856-1922):
- フランスの家具デザイナー、建築家。アール・ヌーヴォーの様式で、木材の特性を生かした、力強く有機的な家具を制作しました。
※ 分類が違う場合もあります。
アールヌーボー、ウィーン分離派以外の画家が多く含まれています。
また画家以外のアーティストが含まれています。
カタカナ表記に関して実際の発音と異なる場合もあります。
人物相関図

★ご利用の注意点★
上の代表画家の相関図です。
青い矢印は師弟関係を表していますが、実際はその関係がはっきりしていなかったり、ワークショップで働いたことがあるだけであったりします。
情報は英語版、フランス語版ウィキペディアを参考に製作しています。
まとめ
今回ご紹介させて頂いた画家、芸術家は、ごく一部になっています。
各国で展開された運動ですので、調べ上げるとキリがないので、ぜひご興味を持たれた方は、色々と調べて見てください。
特に、アールヌーボー時代は絵画よりも、建築や工芸品に素晴らしい作品が多く残っています。
フランスに行かれるご予定のある方は、ぜひナンシーに出かけられることをお勧めします。
パリから日帰りで出かけることが出来ますし、ナンシー派美術館、ナンシー美術館と見どころでいっぱいです。
詳しくはこちらでご紹介させて頂いているので、ぜひ合わせてご覧になってくださいね。
次回は、これまでの芸術を破壊していく運動「ダダイズム」についてご紹介させて頂きます。
「アールヌーボー」までのフランスを中心とした美術史の流れは以下になります。
- 前期ルネサンス:何故ルネサンスは起こったのか?
- 初期ルネサンス:多くの技術革新
- 盛期ルネサンス:ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロによる完成形
- マニエリスム:新たな世界観への挑戦
- バロック・イタリア:劇的なシーンの登場
- 古典主義・フランス:ルイ14世スタイルの誕生
- ロココ・フランス:華やかで優雅なルイ15世スタイル
- 新古典主義・フランス:ナポレオンの台頭、アンピール様式
- ロマン主義・フランス:個人の感情を重視するドラクロワの登場
- ロマン主義・イギリス:イギリス絵画の黄金期
- アカデミック美術・フランス:権威主義、絵画のランク付け
- 写実主義・フランス:バルビゾン派の誕生、戸外での活動
- 印象派・フランス:モネ、ルノワールの登場
- 新印象派・ポスト印象派:ゴーギャンの登場、新時代の幕開け
- 象徴主義:人間の内面の表現
- フォーヴィスム・キュピズム:西洋絵画史の転換点、ピカソの登場
- 表現主義:前衛芸術の誕生
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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