20世紀初頭、パリで花開いたフォーヴィスム、キュビスム。しかし、その芸術の潮流はフランスだけに留まらず、ドイツ、イタリア、ロシアへと波及し、それぞれの地で独自の進化を遂げました。
ドイツでは画家の内面を強烈に表現する「表現主義」が、イタリアではスピードとダイナミズムを追求する「未来派」が、そしてロシアでは前衛的な「ダイヤのジャック」や「構成主義」が誕生しました。
これらの芸術運動は、一見すると異質なように見えますが、内面世界の探求という共通のテーマを抱えていました。
本記事では、ポンピドゥー・センターが誇るコレクションの中から、これらの芸術運動を代表する画家たちの作品を厳選してご紹介します。
カンディンスキー、キルヒナー、クレー、セヴェリーニなど、時代を切り拓いた巨匠たちの作品を通して、20世紀初頭の芸術の熱狂と革新を体感してください。
German Expressionism ドイツ表現主義
ドイツ表現主義は、20世紀初頭にドイツを中心に起こった芸術運動です。印象主義や自然主義に対する反動として、画家の内面的な感情や精神性を主観的に表現することを重視しました。
特徴:
- 感情の強調:
- 不安、苦悩、情熱など、人間の内面的な感情を強烈な色彩や歪んだ形態で表現。
- 主観的な表現:
- 客観的な現実の描写よりも、画家の主観的な解釈や感情を重視。
- 形態の変形:
- 対象の形態を大胆に変形させ、感情や精神性を強調。
- 強烈な色彩:
- 感情を表現するために、鮮やかで対照的な色彩を多用。
- 社会批判:
- 当時の社会の矛盾や不安を批判的に表現する作品も多く見られる。
Alexej von Jawlensky (1865-1941)
アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー(1865-1941)は、ロシア帝国出身のドイツで活躍した表現主義の画家です。
特徴:
- 鮮やかで力強い色彩と、単純化された形態による人物表現が特徴です。
- ゴッホ、ゴーギャン、マティスなどから影響を受け、独自の表現を確立しました。
- カンディンスキーやマリアンヌ・フォン・ヴェレフキンらと親交が深く、「青騎士」グループにも参加しました。

Byzantinerin (Helle Lippen) (Byzantine (Lèvres pâles)) (1913)
「Byzantinerin (Helle Lippen)」(ビザンチン女(明るい唇))は、1913年に制作された彼の代表的な作品の一つです。
ビザンチン美術のイコンを思わせる、神秘的で精神性の高い人物像が描かれています。
鮮やかで力強い色彩が用いられており、特に明るい唇が印象的です。
Ernst Ludwig Kirchner (1880-1938)
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー(1880-1938)は、ドイツ表現主義を代表する画家の一人です。
特徴:
- 強烈な色彩と大胆な形態:
- 感情を強烈に表現するために、鮮やかで対照的な色彩と、対象を大胆に変形させた形態を用いました。
- 都市生活の表現:
- ベルリンなどの都市生活における孤独や不安、緊張感などを表現した作品を多く残しました。
- 版画制作:
- 絵画だけでなく、版画制作にも力を入れ、多くの優れた作品を残しました。
- 社会批判:
- 当時の社会の矛盾や不安を、鋭い視点で批判的に表現した作品も多く見られます。

Toilette – Frau vor dem Spiegel (La toilette – Femme au miroir) (1920)
「Toilette – Frau vor dem Spiegel (La toilette – Femme au miroir)」(化粧 – 鏡の前の女性)は、1920年に制作された彼の代表的な作品の一つです。
青を中心とした背景に、歪んだ遠近法、モデルのポーズが鏡に映ったものと違うなど様々な手法を取り入れて描かれています。
女性の孤独や不安、あるいは官能性が表現されていると考えられます。

Liebespaar (Les Amoureux) (1921 – 23)
「Liebespaar (Les Amoureux)」(恋人たち)は、非常にシンプルな構図で描かれています。
恋人たちの表情や身振りを通して、愛情や親密さといった感情が繊細に表現されています。
Max Pechstein (1881-1955)
マックス・ペヒシュタイン(1881-1955)は、ドイツ表現主義の画家であり、特に「ブリュッケ」(橋)グループの主要メンバーの一人として知られています。
特徴:
- 力強い色彩と原始的な形態:
- 強烈な色彩と、原始美術から影響を受けた単純化された形態が特徴です。
- タヒチ旅行の経験から、エキゾチックな主題や原始的な表現に魅了されました。
- 装飾的な表現:
- 装飾的な要素を取り入れた作品も多く、工芸的な才能も発揮しました。
- 版画制作:
- 絵画だけでなく、版画制作にも力を入れ、多くの優れた作品を残しました。

In den Dünen (Dans les dunes) (1911)
「In den Dünen (Dans les dunes)」(砂丘にて)は、ゴーギャンを思わせるような作品です。
砂丘の風景の中に裸体の人物を描くことで、自然と人間の調和を表現しています。
人物は自然の中に溶け込むように描かれており、原始的な生命力が感じられます。
New Objectivity 新即物主義
新即物主義(しんそくぶつしゅぎ)は、第一次世界大戦後のドイツで興った芸術運動です。表現主義の主観的な感情表現への反動として、客観的で冷静な現実描写を追求しました。
特徴:
- 客観的な現実描写:
- 感情や主観を排し、現実をありのままに描写することを目指しました。
- 社会や人間の姿を、冷徹な視点で捉える作品が多く見られます。
- 社会批判:
- 当時の社会の矛盾や問題を、辛辣な風刺や批判を込めて表現しました。
- 戦争や社会不安による人々の荒廃した姿などを、容赦なく描き出しています。
- 写実的な表現:
- 細密な描写や正確な形態把握など、写実的な表現技法を用いました。
- 現実の細部まで克明に描き出すことで、作品に強いリアリティを与えています。
Otto Dix (1891-1969)
オットー・ディクス(1891-1969)は、第一次世界大戦後のドイツで活躍した画家であり、新即物主義の代表的な作家の一人です。
新即物主義は、表現主義に反するもので、社会の中の無名・匿名として存在している人間に冷徹的な視線で即物的に表現する運動のことになります。
ナチスの台頭により、退廃芸術として運動は衰退していきます。
特徴:
- 冷徹な現実描写:
- 戦争の悲惨さや社会の矛盾を、容赦ない写実的な描写で表現しました。
- 感情を排し、客観的な視点で現実を捉えることを重視しました。
- 社会批判:
- 当時の社会の腐敗や退廃を、辛辣な風刺を込めて描き出しました。
- 戦争による人々の荒廃した姿や、社会の暗部を克明に描写しています。
- 写実的な技法:
- 細密な描写や正確な形態把握など、写実的な表現技法を駆使しました。
- 現実の細部まで克明に描き出すことで、作品に強いリアリティを与えています。

Erinnerungen an die Spiegelsäle von Brüssel
(Souvenirs de la galerie des glaces à Bruxelles)
(1920)
「Erinnerungen an die Spiegelsäle von Brüssel 」(ブリュッセルの鏡の間の思い出)は、1920年に制作された彼の代表的な作品の一つです。
第一次世界大戦後の社会の退廃や腐敗を、辛辣な風刺を込めて表現しています。
細密な描写や正確な形態把握など、写実的な表現技法を駆使しています。
登場人物の姿はグロテスクに歪められており、社会の病んだ雰囲気を強調しています。
Der blaue Reiter 青騎士
「青騎士」(Der Blaue Reiter)は、20世紀初頭のドイツで活動した芸術家グループです。
概要:
- 1911年、ヴァシリー・カンディンスキーとフランツ・マルクを中心に、ミュンヘンで結成されました。
- 表現主義の画家たちによる緩やかなグループで、特定の様式にこだわらず、自由な芸術表現を追求しました。
- 絵画だけでなく、音楽、演劇、舞踊など、さまざまな芸術分野との交流を重視しました。
- 1912年には、同名の芸術年鑑『青騎士』を刊行し、グループの理念や作品を発表しました。
- 第一次世界大戦の勃発により、1914年に活動を停止しました。
特徴:
- 精神性の重視: 物質的な現実よりも、内面的な感情や精神性を表現することを重視しました。
- 抽象絵画の先駆: カンディンスキーを中心に、抽象絵画の発展に大きく貢献しました。
- 色彩の重視: 色彩を感情や精神性を表現するための重要な要素として捉え、鮮やかで力強い色彩を多用しました。
- 多様な芸術の融合: 絵画だけでなく、音楽、演劇、舞踊など、さまざまな芸術分野との交流を重視し、総合的な芸術表現を目指しました。
Vassily Kandinsky (1866-1944)

Improvisation 3 (1909)
チュニスの街の橋を、馬と騎手が上に向かって進んでいます。
騎手は聖ジョージ(自分自身)をイメージしています。

Impression V (Parc) (1911)

Mit dem schwarzen Bogen (Avec l’arc noir) (1912)
衝突する3つの大陸をロシアの伝統的な馬具である「ドゥーガ」にインスピレーションを得た黒い弓によって緊張状態を保っています。

Bild mit rotem Fleck (Tableau à la tache rouge) (1914)

Im Grau (Dans le gris) (1919)
ロシア時代最後の作品の一つです。

Auf Weiss II (Sur blanc II) (1923)
バウハウス時代のアパートのダイニングに飾られていた作品になります。

Akzent in Rosa (Accent en rose) (1926)
バウハウス時代の作品になります。

Auf Spitzen (Sur les pointes) (1928)
1926年に出版された「Point and Line to Plane(平面上の点と線)」の図法に基づいて描かれています。

Deux points verts (1935)

Bleu de ciel (1940)
占領下、ヌイイ=シュル=セーヌのアパートで描かれた作品です。

Accord réciproque (1942)
カンディンスキー、最後から2番目の作品になります。
色と音をキャンパスに描く集大成と呼べる作品になっています。
Lyonel Feininger (1871-1956)

Am Strande (Sur la plage) (1913)
青騎士のメンバーであり、バウハウスで教鞭をとっていました。
ドイツ系のアメリカ人画家になります。
作品は初期の頃のものであり、キュビスムや表現主義などが組み合わされて描かれています。

Liebespaar (Les amoureux) (1916)

Marine (1924)
作品は貨物船やヨットが描かれています。
リオネル・ファイニンガーは「海」をテーマにした作品を多く描いています。
Gabriele Münter (1877-1962)

Drachenkampf (Combat du dragon) (1913)
カンディンスキーのパートナーとして知られている「ガブリエレ・ミュンター」。
「青騎士」のメンバーでもあり、最後までそのスタイルを残していました。
ドラゴンと聖ジョージの戦いは、芸術のビジョンを押し付けるアカデミズムへの反発の象徴として描かれています。
Paul Klee (1879-1940)

Florentinisches Villen Viertel (Villas florentines) (1926)
「青騎士」のメンバーである、パウル・クレー。
この作品は、フィレンツェの景観をパッチワークで表現しています。

Rhythmisches (En rythme) (1930)
絵画的な性質を持ちつつ、作曲のコードを取り入れています。
August Macke (1887-1914)

Frauenkopf in Orange und Braun (Tête de femme orange et marron) (1911)
カンディンスキーやマルクらと共に、「青騎士」に参加したアウグスト・マッケ。
キュビスムやフォーヴィスムの影響も受けていて多彩な作品を描きました。
残念ながら第一次世界大戦に参加したことにより、27歳の若さで亡くなっています。

Lautenspielerin (Joueuse de luth) (1910)
1911年、第1回青騎士展に出品された作品です。
Bauhaus バウハウス
Laszlo Moholy-Nagy (1895-1946)

Composition A.XX (1924)
1919年から1928年まで、バウハウスで教鞭をとった「モホリ=ナジ・ラースロー」。
第2次世界大戦中にアメリカに亡命し、「ニューバウハウス」を設立するなど、デザインの分野で大きな貢献をしています。
また、写真や、美術の教育本を出版するなど様々な分野で活躍しました。
Futurismo イタリア未来派
Gino Severini (1883-1966)

La danse de l’ours au Moulin Rouge (1913)
主義で分類すると「イタリア未来派」に属するセヴェリーニ。
「ムーランルージュでのくまの踊り」をテーマに描いた作品です。
動き(踊り)だけでなく、音楽や匂いなどあらゆるものを表現しています。
Félix Del Marle (1889-1952)

Composition (1947)
フランスの画家であり、未来派や新造形主義、「Salon des Réalités Nouvelles」などのメンバーとして活動していました。
Jack of Diamonds & Donkey’s Tail
Mikhail F. Larionov (1881-1964)

L’automne (1912)
ロシア・アヴァンギャルドを代表する画家、ミハイル・ラリオーノフ。
「ダイヤのジャック」や「ロバの尻尾」など、芸術集団を結成していました。

Le printemps (1912)
ヴィーナス、または異教の女神をパロディとして描くことで、ロシアの体制を侮辱することをためらわない創造の自由を表明しています。

Paysage (1912)

Portrait de V.E. Tatline (1913)
ロシアの芸術家、VE タトリンをキュビスム的な手法で描いています。
嘲笑する暗示が含まれています。
Natalia Gontcharova (1881-1962)

Les lutteurs (1909-10)
ラリオーノフの妻である、ナタリア・ゴンチャロワ。
ゴーギャンの影響を強く受けています。

Nature morte au homard (1909-1910)

Pieds foulant le raisin (1911)
ブドウを踏む足の動きを見事に表現しています。

Le Paon (1911)
孔雀は、不死の象徴として描かれています。

Les ivrognes (1911)

Dame au chapeau (1913)
キュビスムの手法を取り入れつつ、イタリア未来派の影響も強く受けています。
Constructivism ロシア構成主義
Antoine Pevsner (1884-1962)

Femme déguisée (1913)
アントワーヌ・ペヴスナーは、ロシア構成主義の命名者の一人と言われています。
この作品のタイトルは「変装した女性」であり、キュビスムの影響を受けています。
まとめ
今回ご紹介させて頂いた中では、「カンディンスキー」が最も多くの画家に影響を与えています。
抽象画の創始者の一人と言われているカンディンスキーは、ロシア生まれということもあり、時代に翻弄され続けます。
しかし時代に翻弄された続けたからこそ、素晴らしい作品が製作され、その経験が時代へと引き継がれていったのかも知れません。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
ポンピドゥー・センターの他のコレクションは以下の記事でご紹介させて頂いております。
合わせてご参照ください。
ポンピドゥー・センターにつていの概要は以下の記事で詳しくご紹介させて頂いております。
コメント